なところもあるにはあるけれど、浮気《うはき》なら浮気で、もつと相手がありさうなもんだわ。あたしのやうな女が、あと先の考へもなく、男にからだを許すつてことが、どうして出来たか、自分でも第一わからないし、人から見れば、※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]のやうな話だわ。だつて、今までに、さういふ機会はいくらもあつたくせに、あんなに立派に、切り抜けて来たんですもの……。あたしは、女でも、どつちかつて云へば、冷《つめ》たい方の女よ。それは、前の男との関係でもわかるわ。あの三年間の、踏みつけにされた生活を、黙つて忍んで来たあたしですからね。おんなじ家へ、へんな娘つ子を引張り込まれて、朝晩、寝床のあげおろしまでさされた経験を、いくたりの女がもつてるでせう……。でも、あたしを、意気地なしだと思つたら間違ひよ。あの男を捨ててしまふ気なら、何時《いつ》でも捨てられたんだわ。たゞ、さうなると、意地よ、ほんとに……。何時《いつ》か男の眼が覚めるだらうつて思ふ一方、その女との根気《こんき》くらべみたいな形にもなつたんだわ。で、たうとう、あたしが負けるには負けたけれど、三年間の辛抱は、褒めてもらつてもいゝわ……。

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椅子に腰をおろす。そして、すぐにまた起ち上る。
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――二十五の年、つまり去年まで、自由な身でゐて、男つていふものを、振り向いても見なかつたわ。憎らしいとか、怖《こは》いとかぢやないの。なんか、かう、すかすかした、興醒めな気持しか起らないのね。どういふんでせう、それが、かうなつたんだわ……。いゝえ、それも、ほかの、どんな男にでもつていふんぢやないわ。あの人だけよ。あの人だけによ……。会はずにゐれば、切《せつ》ないし、会へば、わけなく、ぽうツとしてしまふの。

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両手で頬をおさへ、甘えるやうに科《しな》を作る。
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――あら、どつかで笑つてるわ。まさか、あたしのことぢやないだらうな。

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寝台の上へどかりと腰をおろし、スプリングでからだを弾《はず》ませながら
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――かうしてると、あの人が国へ帰つたなんて、どうしても思へないわ。どつか、そのへんに、戸棚の後ろかなんかに隠れてさうな気がするわ。だつて、さういふこともあつたのよ。そんな巫山戯方《ふざけかた》をする人だつたわ。何時《いつ》かも、あたしが、奥へ誂へ物を頼みに行つてる間に、こつそり寝台の下へ潜つて、しばらくあたしに気を揉ましたわ。だつて、それが三十分からよ。出て来るところを、あたし、いやつていふほど、スリッパでぶつてやつたわ。さう云へば、あたしが乱暴すんの、とてもよろこぶの。あんなの、変態かしら……。

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両手で顔をおほひ
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――なんでもいゝわ。もう一度、たつた一度でいゝから会ひたい……。もう、これつきり会へないつていふ、ほんとの決心をしたところで、しみじみ会つてみたい……。今までは、どうしたつて、それほどの気持にはなれなかつたわ。はつきりさうとわからないうちは、まだまだ先があるやうな、うつかり構へてるところがあつたわ。それが口惜《くや》しいの、あたし……。

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今度は、片手で頬杖をして
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――あの人が若し、あたしをフランスへ連れてくつて云つたら、あたし、なんて返事をしたらう……? それや、いやだなんて云はないわ。でも、これまで、一度もそんなこと考へてみなかつたわ。それや、あたしには、ちやんと、あの人つてものがわかつてたんだわ。どうせ、そんな真面目《まじめ》な気持ぢやないにきまつてるわ。殊に、はじめは、向うも気紛れ、こつちも気紛れだわ。たゞ、あたしを、玩具《おもちや》にしたつていふのと、少し違ふところがある。それだけ、あたしも、本気になれたんだわ。釣るとか、瞞《だま》すとか、そんな腹は、どつちにもない。恩も義理もない代り、秘密も見栄《みえ》もない。お互ひに縛られず、お互ひに、飽きもしなかつたんだわ……。だから、あの人が、日本にゐさへすれば、いくらでも長く続いた筈よ、何時《いつ》までも、どんなことがあつても……。

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急に、からだを捻ぢ向け
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――あツ……。あの人には、奥さんがあつたのかしら……。それも、訊《き》かう訊かうと思
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