ないぢやないの。この次ぎ来れば、また会へるやうな気がするんですもの……。なんべんも、会へるまで来てよ、あたし……。
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顔をあげ、あたりを見廻す。
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――だけど、あたしたちは、どんな約束をしたんだらう。お互ひに、どれだけ気持がわかつてたんだらう……。あの人の、云つたりしたりしたことで、あたしの心に、深く残つてゐることと云へば、いつたい、なにがあるだらう……。あゝして、時々会つてゐながら、今日は前よりも別れにくいなんてことがあつたかしら……。またこの次ぎは何時《いつ》になるか、あの人はそれを訊《き》きもせず、あたしは、それを訊かれたくなかつた……。別れるたんびに、また会へるかどうかわからないつていふことが、あたしには、却つて気楽だつたし、そのために、随分大胆にもなれたんだわ……。
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起ち上り
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――さうだとすれば、かういふ日が、もつと早く来てゐてもしかたがないんだのに、どうして、今更……今更こんなに……こんなにぢたばたするんだらう。
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壁に貼りつけた大美人画の前に立ち
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――あの人は、この絵があたしに似てるつて云つたわ……。この絵と、あたしを見較べて、「コレアナタデス」とかなんとか云つたわ。さう見えるのかしら……。それや、日本の男がさう云ふんなら、あたし、いくらなんでも、信用しやしないわ。そんな、見えすいたお世辞、馬鹿馬鹿しくつて、きつと腹が立つわ……。でも、それを、あの人が云ふと、まんざら、お世辞ばかりでもなささうだつて気がするの。自惚《うぬぼ》れなんか起すんぢやないわ。西洋人の眼には、そんな風に見えるのかも知れないし、そこがまた、面白いぢやないの。だからさ、今仮に、おかめの面を持つて来て見せれば、「や、この方があんたに似てる」なんて云ひ出すかも知れないわ。罪がないぢやないの。つまり、さういふところよ。
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鏡の方に向ひ
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――やつぱり、好きになつてたんだわ……。それや、心からつて云へないやう
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