んでをりました、はい。」
 お前は知つてゐるな、おれがあの連中と茶を飲んだことを。
 庭の芝生で子供らと遊ぶ。
 お前たちに、かういふことができるか。をぢさんはできる。いゝか、見ておいで。
 逆立をして見せる。

 わたしは山が好きだらうか。疲れずに登れる山なら好きだ。
 わたしは水が好きだらうか。音を立てない水なら好きだ。
 何よりもわたしは、深い森が好きだ――虫さへゐなければ。


カレルセエ

 葵色《モオヴ》の山壁、紺青の湖、それを縁どる黒猫の背に似た樅《もみ》の林。
 行かう、行かう、おれはあんまり見すぼらしい。


メンデルパツス

 運転手、気をつけてくれ、おれの生命《いのち》はお前の掌中にあるんだ。
 なに、おれだけ殺すことは出来ないと云ふのか。
 静かに、静かに……お前と死んでなんとせうぞ。


コルチナ

 雪が降るまで咲きつゞけると云ふ牧場の泊夫藍《さふらん》、お前は笑つてゐるのか、それとも、夢を見てゐるのか。
 白楊樹《ぽぷら》が伸びをしてゐる。
 エリザ、珈琲をもつと熱くして来てくれ。

 ――いよいよお別れですね……奥さん。一度あなたのお眼を拝見……そのヴェールをどけて……。


ドロミッテン

 山、山、山、山、もう八時間、山の中を走つてゐる。羚羊《かもしか》の足跡を見た。樵夫《きこり》の歌を聞いた。
 山の精にはどうして遇はなかつたらう。


再びボルツァノ

 や、アウフガンク、帽子の緑色が、いつの間にか赤くなつてゐるな。いつお嫁さんを貰つた?


アルト・ボルツァノ

 ××××夫人の山荘は固く鎖されてゐる。
 羊飼は云ふ――××××夫人は、若い愛人の為めに、「|我が息ひの家《ヴイラ・モン・ルポオ》」を売り払つたと。
 ××××夫人の山荘は、固く鎖されてゐる。

 嵐の一夜。――木の葉が月の光の中に舞ふ。


再びヴェロナ

 いくど見ても、なんの感激もおこらないローマ闘技場の廃墟。

 人が、また、ぢろぢろ顔を見る。



底本:「岸田國士全集19」岩波書店
   1989(平成元)年12月8日発行
底本の親本:「言葉言葉言葉」改造社
   1926(大正15)年6月20日発行
初出:「女性 第六巻第一号」
   1924(大正13)年7月1日発行
入力:tatsuki
校正:Juki
2005年11月23日作成
青空文庫作成フ
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