らない。
今から、昔のことを考へると、同じ女優の衣裳についても、面白い変遷がある。
名女優ドルヴァル夫人は、アレクサンドル・デュマの戯曲――またアントニイだか――で、その女主人公に扮するために、大散財をした。
『いよ/\、身代限りよ』
ドルヴァル夫人は、心なくも、デュマの耳に口を寄せて囁いた。
当代の人気作者、金はあつても身につかない大の気前好し、破顔一笑、これまた、何事かをドルヴァル夫人の耳に囁いた。
『え、ほんと……。さうしてくれる……。』
ドルヴァル夫人は、天にも昇らん……声で叫んだ。
『仕立屋の書附をよこしなよ。払つとくから……』
相手は無雑作に云ひ足した。
『仕立屋……? だつて仕立屋はあたしよ』
『お前か……? そいつはなほ大したもんだ。ぢや、なんでもいゝから、お前の方の書附を出しなよ。すぐぢや、困るな。一週間待つてくれ』
『えゝ』
『つもりもあるから……一体、どれくらゐなんだ』
ドルヴァル夫人は、心持ち顔を伏せた。そして、さも云ひにくさうに
『これで、思ひの外かゝつてるのよ……。あの……八百法なの……』
彼女の収入は年に二万法。
底本:「岸田國士全集
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