は、舞台用の通常服を作つてやる。
 それを、舞台以外で着ることを禁じてゐる劇場もあるが、おほかた、大目に見てゐるらしい。
 出し物によつて、特別に服を新調するやうな場合――それは現代服でも作者の指定がかうと限られてゐるやうな場合――さういふ場合、若い役者は、なかなか考へてゐる。早速古着屋をあさつて、それに適つた品を見つけ出し、その代り、自分の好みに応じた服を新調して、劇場に書附けを差出す。
 服屋の方でも、それを心得てゐて、古着探しまでやつて呉れるのがある。

 外套だけ劇場持ちといふやうな制度もある。
 年に三万法の収入がある女優、これは勿論舞台衣裳自弁であるが、この三万法のうち二万五千法は衣裳にかけてしまふのが常である。
 尤もこれは最近の風習で、前世紀末葉までは、例の浪漫劇全勢の時代ですら、衣裳の華やかさを誇つた時代ですら、そんな贅沢な真似はしなかつたやうである。
 その頃は、舞台で着る衣裳は、舞台の上で引立ちさへすれば、地質などはどうでもよかつた。ガラスがダイヤモンドの役をつとめた。
 処が近頃では、舞台の衣裳は、そのまゝ社交場裡の盛装である。流行の先駆たる誇を満たさなければならない。

 今から、昔のことを考へると、同じ女優の衣裳についても、面白い変遷がある。
 名女優ドルヴァル夫人は、アレクサンドル・デュマの戯曲――またアントニイだか――で、その女主人公に扮するために、大散財をした。
『いよ/\、身代限りよ』
 ドルヴァル夫人は、心なくも、デュマの耳に口を寄せて囁いた。
 当代の人気作者、金はあつても身につかない大の気前好し、破顔一笑、これまた、何事かをドルヴァル夫人の耳に囁いた。
『え、ほんと……。さうしてくれる……。』
 ドルヴァル夫人は、天にも昇らん……声で叫んだ。
『仕立屋の書附をよこしなよ。払つとくから……』
相手は無雑作に云ひ足した。
『仕立屋……? だつて仕立屋はあたしよ』
『お前か……? そいつはなほ大したもんだ。ぢや、なんでもいゝから、お前の方の書附を出しなよ。すぐぢや、困るな。一週間待つてくれ』
『えゝ』
『つもりもあるから……一体、どれくらゐなんだ』
 ドルヴァル夫人は、心持ち顔を伏せた。そして、さも云ひにくさうに
『これで、思ひの外かゝつてるのよ……。あの……八百法なの……』
 彼女の収入は年に二万法。



底本:「岸田國士全集
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