、すぐそばから、もう一度いふだけぢやないの。
彼 ハヽヽヽ愉快々々……どら、一つ貸せ。
彼女 あたしがしたげる。(疳癪玉を叩きつける。爆音。)
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ドアをノツクする昔。
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彼女 おはひんなさい。
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小森と阿部互に顔を見合せながらはひつて来る。
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小森 もう帰つてたのか。
阿部 まだ帰つてないかと思つた。
彼 なにか用か?
小森 君の仕事のことで、一寸風変りな口を見つけて来たんだ。
阿部 全く風変りなんだ。
彼 まあ、かけろよ。
彼女 もう、御飯お済みになつて?
小森 えゝ、すみました。
阿部 今、そこで、やつて来たところです。
彼 どんな話だい?
小森 僕も、いろいろの方面を当つてみたんだがねえ。なにしろ、君の性質だつて知つてるし、何処でもいゝといふわけに行かんからねえ。実は、こいつとも相談して、ある金持の息子をおだてゝみたんだ。
阿部 おだてたといふと可笑しいが、まあ、おだてたんだなあ。
小森 つまり、こゝで二千円ばかりの資本を出させて、君と細君とに喫茶店かバアのやうなものを開かせようつていふんだ。それも、極くハイカラなね。つまり、奥さんの感じで行けばいゝんだ。
阿部 さうだ、奥さんの感じだ。明るくつて脆い感じだ。
小森 そこで君も、少し陽気な顔をして、ひとつ、カクテルの調合でも覚えるんだなあ。
阿部 こいつは、なんでもないよ。君にやる気さへあれあ……。
小森 利益は勿論、店の経営と君たちの生活費に充てるわけなんだが、最初、奥さんの衣裳ぐらゐ、特別に作らしてもいゝんだ。
阿部 さうだ、衣裳は大事だからなあ。洋装がいゝね、やつぱり……。
小森 どうだい、これなら不服はないだらう。是非奮発しろよ、われわれも大に声援するぜ。
阿部 その方なら引受けるな。奥さんはどうです。さういふ仕事に興味は……。
小森 大勢女なんか置くよりも、少し忙しいかも知れないが、奥さん一人で、フアミリアルなサアヴイスをして貰つた方が、人気は出ると思ふんだ。
阿部 その方が、第一、落ち着いた、物静かなといふ特色が出せるよ。
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ドアが開く。多田が、牛肉の包みと、トマトの袋を提げて帰つて来る。
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彼女 どうもありがたう。それぢや、そのお話は後で伺ふわ。
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(炊事場にはひる)
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多田 何の話だい?
阿部 ちよつと秘密の談合だ。
小森 秘密といふほどでもないが、今、発表したくないんだ。いづれ君にも後援は頼むよ。
多田 こいつの仕事かい?
小森 うむ、まあ、そんなことだ。頼むから、今日は帰つてくれ。君がゐちや、話がしにくいんだ。
多田 そんなら、おれの方を先へ話さう。実は、そのことでやつて来たんだが、君たちがゐれば、君たちの意見も聞きたい。かういふ話があるんだがどうだらう。おれが前に世話になつたことのある老教授なんだがね。今、隠退して著述に没頭してゐるんだが、助手の外に、もう一人、ほんの雑用だけをする若い人を探してゐるんだ。条件は、専門の学問はいらないから、快活で、気転の利いたなるべく生活の苦労を知つてゐる人といふんだ。午前九時から、午後四時まで、昼食は向うで食つて、月給三十円といふんだから、まあ、オフイス並だ。
小森 男でね……。
多田 無論女さ。
彼 なんだ、女か、その話は……。
多田 だからさ、君の口は後からみつけるとして、こいつ、奥さんにどうかと思つてさ。
彼 ワイフのことを何時頼んだ?
多田 頼まれなくつたつてそれくらゐの心配はするさ。
彼 余計な心配だ。
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彼女フライパンを持つたまゝ現れる。
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彼女 今のお話、よく聴いてなかつたわ。あたしがどうしたつていふの?
多田 (振り返り)いや、それがねえ……。
彼 (怒気を含み)おい、そんな眼でみるのはよせツ!
多田 え?
彼 そんな話は聞きたくない。早く帰つてくれ。
多田 しかし……。
彼 帰れつたら、帰れ。
多田 案外開けない奴だなあ。なあ、おい、君たち、どう思ふ? 外の場合と違ふぢやないか。いつまでもかうしてれば、食へなくなるのは眼に見えてゐる……。奥さんだつて、その方がどんなにいゝか……。
彼 やかましい。奥さん奥さんつて、貴様がそんなことに立
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