の中から疳癪玉をつかみ出し、続けざまに、三つ、それを床の上に叩きつける。爆音、爆音、爆音。彼は、それから、椅子に腰をおろす。
彼女は、彼の肩に手をかけ、そつと、耳もとで囁く。そして笑ふ。
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彼 そんなことをさせるから、あいつ、つけ上つて、用もないのに、しよつちゆうやつて来るんだ。
彼女 だつてそれでなけれや、今晩はトマトだけのはずよ。
彼 こつちで利用したつもりでゐると、そのうちにこつちが利用されるんだ。ビフテキの返報に、何を要求されるかわからんぞ。
彼女 それほど図々しい人でもないわ。
彼 それがいけないんだよ。君には、どこか、危なつかしいところがある。どの辺で踏み止るかつていふ見当が、僕にはつかないんだ。
彼女 でも、はじめ、あたしが買物に出るから、留守番をしてゐて貰はうと思つたら、その間、ベツドを借りてもいゝかつて訊くのよ。
彼 それで……?
彼女 そんなこと、あたしいやだから、断つたわ。
彼 なんて?
彼女 馬鹿いふのもいゝ加減になさいつて……。
彼 (いまいましさうに舌打ちをする)
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彼女は、それと見て、すぐに鑵の中から疳癪玉を取り出し、彼に渡す。彼、それを叩きつける。爆音。
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彼 君は、あいつに好意を有《も》つてやしまいね。
彼女 好意つて……? あんたのお友達としてだけよ。
彼 それにしてもさ。
彼女 どつちかつていへば、虫が好かないわ。
彼 どういふところが……。
彼女 さういふことをいふところや、あたしを見る時、変な眼附をするところや……。
彼 どんな眼附……?
彼女 口ではいへないやうな眼附だわ。
彼 よし。(険しい顔附になる、彼女は、また、疳癪玉を渡さうとするがその手を押しのける)それぢや、僕のところへ来る奴の中で、誰が一番、君は好きだ? 好きつていふとわるいが、誰が一番感じが好い?
彼女 感じの好いのなんかゐない。
彼 小森はどうだい?
彼女 あんなのいや。
彼 なぜ?
彼女 つまんないところで、熱情家ぶる男、あたし嫌ひさ。
彼 そんなら、阿部は?
彼女 あれも、なつちやゐない。
彼 どうして?
彼女 誰かのいつたことを
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