コポオが、先年演劇学校を開くに当つて、一座の俳優及新入研究生に向ひ、一場の挨拶を述べた際、先づ此の話をし、「何かを成し得る為には、先づ、何かでなければならない」と云ふゲエテの言葉を引用して、ヴィユウ・コロンビエ座が、その仕事を「初めから始める」ことが出来なかつた事を残念がつた。
 彼は、その時、何時になく感激した調子でかう述べた。「クレイグの言葉は論理的である。若し、私が、彼の論理に従つたら、どうなつてゐたらう。私にとつて、『初めから始める』ことは『何もしない』ことになる。私は、先づ、存在しなければならなかつた」
 成る程、ヴィユウ・コロンビエ座は先づ存在した。そして、「初めから始める」ことが出来なかつた代りに、クレイグが成し得なかつた事を成し遂げようとしてゐたのであるが、モスコオ芸術座の舞台を見て、「完全である。但し、小芸術の完全さである。」と云つたコポオの批判(これは公言したわけではない。ヴィユウ・コロンビエ座の一俳優から伝へ聞いたまでゞある)は、どれだけの真理があつたか、吾々は、それを知る為めに、もう十年待たなければならなかつた。
 今や、ヴィユウ・コロンビエ座は主なき家である。そして、コポオはディジョンあたりの森かげで、何事かを企んでゐるらしい。



底本:「岸田國士全集20」岩波書店
   1990(平成2)年3月8日発行
底本の親本:「言葉言葉言葉」改造社
   1926(大正15)年6月20日発行
初出:「演劇・映画 第一巻第三号」
   1926(大正15)年3月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2006年2月17日作成
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