君の御言葉を聞き、全く、身の置き所を知りません」と、それは至つてナイーヴな仏蘭西語であつたが、これが、此の真純な天才の言葉に、一層の魅力を添へた。
「私が演劇に趣味を持つたのは、巴里に再三来たお蔭であります。また、私共が、露西亜劇壇に何か新らしい物を与へたとすれば、それは悉く、近代劇の開拓者アントワアヌ氏に負ふてゐると云はなければなりません」満場の拍手を心持よく受けながら、「私は、まだ、ヴィユウ・コロンビエ座の仕事を見てゐませんが、其の名声を通じて、常に、その努力を認めて居たのであります」
「私共は仏蘭西の劇壇に対して、少しでも、教訓を垂れやうと云ふやうな野心は持つて居りません。私共がなしつゝある事を、たゞ、見て頂けばいゝのであります」
「こゝで、お断りして置きたい事は、私共が露西亜語で芝居をやる為に、多くの方々は、多くの露西亜語を解しない方々は、それでは興味の大部分が失はれやうとお思ひになるでせう。然し、其の御心配は無用であります。私共は、露西亜語を使ふ以上に人類共通の言語によつて、皆様に七分通りの興味を与へる事が出来ると確信して居ります」
アントワアヌ、コポオの両氏と握手を交はした後、一座の幹部を紹介した。
× × ×
アンドレ・ジイドの「サユル」をいよいよ舞台に上せると云ふので、コポオは、一座の俳優を悉くヴィユウ・コロンビエ座の図書室に集めた。画家のアトリエにも似た一室、中天井には、フアンタスチツクな衣裳が秩序正しくつるしてある。白木の書架が一方の壁を埋めてゐた。
私は悪魔の司を務めるB夫人から、其の役に使はれる仮面のエスキスを見せてもらひ乍ら、此の脚本の上演について、コポオがどれ程苦心をしたかと云ふ話などを聞いた。ダヴィツドの為には、臨時にオデオン座から美しい裸体の持主を探して来た事なども聞いた。
やがて、コポオの骨張つた顔が、一同をながめまはした。作者ジイドは、薦められた席につきながら、同伴の夫人をかへりみて小心らしい微笑を送つた。
「Sは来てゐるかい」コポオの声に応じて、
「いゝえ、まだ……」誰かゞ答へた。
それに二三の笑声がまじつた。
「仕様がないな」
と、慌しく戸が開いて、小柄なSが、外套を脱ぎ乍ら、「失敗つた」と云ふやうな顔つきをして飛び込んで来た。また、笑声が起つた。
「アツタンシヨン!」コポ
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