あたくしも、さうだつたらいゝと思ひますわ。お友達も、そこのところを一番苦にしてゐるんですの。愛の問題に、お父さまの判断は怪しいし、人物の批評は、お母さまだけを信用もできず……。
大隈  それで、結局、お友達はどうしようつていふんですか。
葉絵子  結局、すべて、ほんとうのことが知りたいんですわ。それを知つた上で、決心がつけたいんですわ。でも、一番望んでゐることは、お父さまの意見も、お母さまの意見も、半分づつ間違つてゐるつていふことですわ。
大隈  つまり、その男が人物の点でも立派だし、あなたのお友達を愛してゐるといふ点でも、疑ひがなければいゝわけですね。
葉絵子  えゝ。しかし、あたくしは、かう云つてあげたいと思ふんですの。――あなたのお父さまやお母さまは、なによりも、あなたのためを思つてゐて下さるんです。あなたが、少しでも、その男の方のためを思つてあげなければいけません。あなたは、その男の方から、ちつとも愛されてゐないとしても、その男の方の人物を信じておあげなさい。殊に、才能を信じておあげなさい。あなたは、その男の方になんにも求めないで、たゞ、素晴らしい仕事をしておもらひなさい。
大隈  ……(うなだれる)
葉絵子  さう云つてあげようと思ふんですの。お友達はきつと、あたくしの忠告を聴いてくれますわ。どうでせう、こんなことを云つても、をかしくはないでせうか。あなた、どうお思ひになつて……。
大隈  結構でせう。あなたのお友達よりも、第一に、その男がよろこぶでせう。では、今日は、これで失礼します。僕は、当分、旅行に出ますから、しばらくお目にかゝれないかも知れません。お父さんやお母さんによろしく……。

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大隈は考へ込みながら、下へ降りて行きます。
葉絵子は、何時までも空を眺めて、忘れかけてゐる星の名を呼んでみます。
[#ここで字下げ終わり]



底本:「岸田國士全集5」岩波書店
   1991(平成3)年1月9日発行
底本の親本:「令女界 第十巻第三号」
   1931(昭和6)年3月1日発行
初出:「令女界 第十巻第三号」
   1931(昭和6)年3月1日発行
入力:kompass
校正:門田裕志
2008年3月19日作成
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