に伺ひたいと思つてゐましたの。
大隈  あなたのお友達のことで、僕に相談なさることつていふと、一体、どんなことでせう。僕に関係したことですか、あなたに関係したことですか。
葉絵子  さあ、それは、あなたの御意見次第で、あたくしたちに関係のある問題になるかも知れませんけれど、今のところ全く第三者としてお話をするんですわ。
大隈  僕は、どうかすると、自分自身のことでも、非常に冷静に考へる習慣がついてゐます。科学者の長所も欠点もこゝにあるわけです。さ、お話しなさい。
葉絵子  そのお友達といふのは、あたくしと同《おな》い年《どし》ですけれど、若し結婚するとしたら、その結婚の相手は、自分で選ぶつもりでゐたんです。ところが、家へ遊びに来る若い男の方のうちで、これならと思ふ方が一人あるんですの。むろん、この人でなければならないつていふほどの気特にはなつてゐませんのよ。
大隈  そこが少し暖昧だが、まあ、先を云つて御覧なさい。
葉絵子  その男の方は、大変慎み深い方で、まださういふやうなことについては、なんにも口に出しておつしやらないんですけれど、お友達の想像では……。
大隈  待つて下さい。想像ですか。想像はいけません。はつきりしたことだけ云つてみて下さい。それでないと、正確な判断が下せませんから……。
葉絵子  でも、あたくしたち、若い娘の考へることつて云へば、半分以上、想像みたいなもんですわ。ぢや、それはよして、事実だけ申上げてみますわ。そのお友達のお父さまとお母さまとが、その男の方について、全然反対な意見をもつていらつしやるんですの。お父さまの方は、かうおつしやるんです。――あの方は、お前に対して好意以上のものをもつてゐるやうだが、性格と云ひ、才能といひ、お前の未来を托するに足らない人物だ……。
大隈  へえ、才能が乏しいつて云ふんですか。
葉絵子  まあ、さうですわ。物事の表面しか見えない……。
大隈  それで、お母さんの方は、どういふんです。
葉絵子  母の方は……いえ、お母さまの方は、――その男の方の人物については申分がない。しかし、あの方は、たゞ、社交上の礼儀を知つてゐるだけで、決して、あんたを特別な眼でみてゐるわけぢやない。愛されてゐると思つたら大変な間違ひだ。
大隈  あなたは、お父さんとお母さんの意見をあべこべにおつしやつてるんぢやありませんか。
葉絵子  あたくしも、さうだつたらいゝと思ひますわ。お友達も、そこのところを一番苦にしてゐるんですの。愛の問題に、お父さまの判断は怪しいし、人物の批評は、お母さまだけを信用もできず……。
大隈  それで、結局、お友達はどうしようつていふんですか。
葉絵子  結局、すべて、ほんとうのことが知りたいんですわ。それを知つた上で、決心がつけたいんですわ。でも、一番望んでゐることは、お父さまの意見も、お母さまの意見も、半分づつ間違つてゐるつていふことですわ。
大隈  つまり、その男が人物の点でも立派だし、あなたのお友達を愛してゐるといふ点でも、疑ひがなければいゝわけですね。
葉絵子  えゝ。しかし、あたくしは、かう云つてあげたいと思ふんですの。――あなたのお父さまやお母さまは、なによりも、あなたのためを思つてゐて下さるんです。あなたが、少しでも、その男の方のためを思つてあげなければいけません。あなたは、その男の方から、ちつとも愛されてゐないとしても、その男の方の人物を信じておあげなさい。殊に、才能を信じておあげなさい。あなたは、その男の方になんにも求めないで、たゞ、素晴らしい仕事をしておもらひなさい。
大隈  ……(うなだれる)
葉絵子  さう云つてあげようと思ふんですの。お友達はきつと、あたくしの忠告を聴いてくれますわ。どうでせう、こんなことを云つても、をかしくはないでせうか。あなた、どうお思ひになつて……。
大隈  結構でせう。あなたのお友達よりも、第一に、その男がよろこぶでせう。では、今日は、これで失礼します。僕は、当分、旅行に出ますから、しばらくお目にかゝれないかも知れません。お父さんやお母さんによろしく……。

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大隈は考へ込みながら、下へ降りて行きます。
葉絵子は、何時までも空を眺めて、忘れかけてゐる星の名を呼んでみます。
[#ここで字下げ終わり]



底本:「岸田國士全集5」岩波書店
   1991(平成3)年1月9日発行
底本の親本:「令女界 第十巻第三号」
   1931(昭和6)年3月1日発行
初出:「令女界 第十巻第三号」
   1931(昭和6)年3月1日発行
入力:kompass
校正:門田裕志
2008年3月19日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr
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