『断層』の作者久板栄二郎君へ
岸田國士

「文芸」所載の貴作『断層』について、「テアトロ」から何か感想を書けといふ註文ですが、僕はあれを草稿の時分に読んで聞かせていただいたきり、まだ活字になつたのを拝見してゐませんから、その後手をお入れになつた部分について――つまりその部分を含めて、全体の意見を述べることはできません。
 しかし、あの草稿を仮に決定的なものとして、その印象を今ここで公に云々することはどうでありませうか? 僕には、それが聊か危険に思はれだしたのです。何故なら、ここをかう直したと伺つた二三の個所についてさへ率直に云へば、やや遺憾に思はれる節があるからです。
 しかし、それはそれとして、恐らく、最初の感銘は、本質的にこの作品の一貫した精神からは抜け去つてゐないことを信じます。
 僕はある文学的作品の価値を、作家の人間的な味ひとその才能の最も研ぎ澄まされた状態から判断するのを常とし、人格の分裂と対峙、その摩擦と相剋の中にのみ、調和と混沌の美を、更に稟質と教養とが自から向ふところの興味を捉へ、燃え上る何ものかに総てを托したといふやうな表現のうちに、最も作家的な魂を発見して、所謂「
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