人間、苦悶を回避し又は苦悶と戦ひ得ない人間は、人類の屑だ。文学は、さういふ人間の為めに在るのではない。
甲――なるほど、君はそれでも、文学の初歩だけは修めてゐるらしいね。僕はそれから後の話をしてゐるのだ。処でどうだらう。君は楽天主義者らしいから、「よりよき人生」の実現を期待してゐるだらうが、或るものは、「あるがまゝの人生」に何も望めないことを知つて、その「あるがまゝの人生」をせめて自分だけ「よりよく生きる」工夫をするかも知れない。さういふ人間も、君に云はせると、人類の屑なんだね。
乙――さうさ。自分だけが「よりよく生きよう」などゝ思ふのは怪からん。
甲――それなら、これはどうだ。君は信仰をもつてゐる。人生を信じてゐる。現実を信じてゐる。処で、君のやうに此の人生、此の現実を信じない人間があつたらどうする。君達が人生だと思つてゐる人生、それは人生の仮面に過ぎない。ほんとうの人生は、もつと別な相《すがた》をしてゐるのかも知れない。さういふ人生を探し求めてゐる人間があつたらどうだ。現実、これが人生の全部でないことは君だつてわかつてゐるだらう。しかも君たちはその現実を人生の、少くとも一部として信
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