書く気がしない。かうして口授筆記をさせながら自分の云つてゐることが果して自分の考へてゐることかどうかをさへ疑ひたくなる位だ。といふのはつまり何か云ふために考へることの馬鹿々々しさを今更ながら痛感したわけだ。
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先日ラヂオで拙作「紙風船」を放送した。僕は今寝てゐる離れから、蒲団に寝たまゝ戸板の上にのせられて、ラヂオを引いてある母屋に、わざわざ聞きに出掛けた。ラヂオで脚本の朗読を聴くのはこれがはじめてだつた。
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ラヂオ劇の専門的考察は別として、演出者があの戯曲をあゝいふふうに解釈してゐるといふ一点だけで、僕は大いに教えられるところがあつた。あゝいふ読み方しかされない位なら、ああいふものを書くんではないとさへ思つた。(以上岸田)
底本:「岸田國士全集20」岩波書店
1990(平成2)年3月8日発行
初出:「文芸時代 第三巻第二号」
1926(大正15)年2月1日発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2005年9月10日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://
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