「温室の前」の人物について
岸田國士
私はこれまで「ある俳優」にあてはめて脚本を書いたことはない。ところが、此の「温室の前」はどういふつもりでか、新劇協会の人達にあてはめて書いて見ようと思つた。それで先づ、畑中、伊沢両君を兄妹に見立てたのである。(両君は、これまで、あまり度々夫婦や恋人の役で顔を合はせてゐるやうに思つたので)
処が、此の作を書き上げて見ると、いや、書きつゝある最中に、私は、畑中伊沢両君の本体がどこかへ行つてしまひ、此の両君とはそれこそ似てもつかない二人の男女、貢、牧子といふ人物が、そこに現はれてゐるのに気がついた。
こんなことは、熟練した作家にはないことだらう。ロスタンの描いたシラノは、実にコクランそのものであつたではないか。
私は少々自分の無力を恥ぢた。
しかしながら、私の此の失敗は、必ずしも、作家として致命的なものではないといふ慰めが与へられた。此の脚本は、私が未だ嘗て経験したことのない好評を博した。
私は、それ故に、敢て此の脚本は、結局、畑中、伊沢両君が、何等かの意味に於て私に与へてくれた霊感の賜であると云ひたいのである。従つて、此の二人の主要人物が
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