「モンテーニュ随想録」(関根秀雄君訳)
岸田國士

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 私は本年度文芸懇話会賞候補作品として、関根秀雄訳「モンテーニュ随想録」を推薦したものの一人である。
 同じく本書を推薦した他の会員諸氏は、何れもそれぞれの理由をもつてゐる筈だが、私は特に委員会の指命に従つて、自分一個の推薦理由を公表することにする。
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一、文芸懇話会賞は翻訳にも与へ得る規定がある以上、毎年といふわけには行くまいが、特に翻訳文学史上劃期的な収穫と見るべきものには、これを適用すべきであるといふのが私の意見であつた。幸ひ昨年度に於て、関根秀雄氏の「モンテーニュ随想録」三巻の名訳が完結し、専門家の間は勿論、これを識る人々の満場一致的賞讃を博したことから見て、本書の如きは最も適当な候補作品であると私は信じた。
二、翻訳の価値は何によつて決するかといふ問題は、甚だデリケエトである。一方、創作との比較評価の如きは、まつたく無意味に近い。が、しかし、翻訳のうちから一つを択ぶといふ場合に、自らその判断には基準が生じると思ふ。文学鑑賞の態度に、自ら一定の方向が伴ふのと同様である。私は次の諸点から、関根君の訳業を昨年度随一と断定する。
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イ 原書の古典的、文化的価値。
「モンテーニュ随想録」は仏蘭西文学の有する、最も貴重な古典の一つであるのみならず、近代思潮の一大源泉として、世界文芸史上、その影響が甚だ深く、広く、且つ決定的である。云ふまでもなく、近代文明の黎明期に於て、仏蘭西が生んだこの良心と叡智の書が、現代の日本に齎らされて如何なる意義があるかといふことは、誰よりも先づわれわれ文学者が考なくてはならぬことであり、読書の愉悦の完きを知らしめること、当今、この書に如くものはないと私は考へる。
ロ この翻訳は誰にでも出来るといふやうなものではない。実際優秀な訳といはれるやうなもののうちにも、誰がやつてもやり方次第では、その程度のものになるといふ種類のものが多いが、この「モンテーニュ」は、稀有な教養と才能と努力とを俟つて、はじめてよく原書の真面目を伝へ得るものであり、殊にその文体の理解と邦語表現には、訳者自
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