ることは確かであつても、正體はまだ判明しない。一時は球形であるなどと考へたこともあるが、あながちさうでもない。また電離状態にあるときは、電子が店から外へ飛び出すことがある。普通状況では、店内にある電子の數は決定してゐる。化學作用はこれらの電子が他の商店の電子と結託する作用で起るが、この作用を受くる店の配列は異なつて來るは當然である。
 かくして店の状況はほゞ觀察せらるゝが、今度最も注目すべきは、商店の中央に備へ付けてある金庫の内容である。段々考究して見ると、この金庫即ち原子核は、水素原子、アルファ粒子と電子とが集合してゐる。金庫内に陳列されてある模樣は不明であるけれども、水素原子を單位としてはかれば、その貫目は若干、電子はあるかゞ判然してゐるのみならず、金庫外の商品に相當する電子が、幾何あるかも推定される。かくして元素は水素を一として、一つづゝ順上りになつて、九十二あることが判つた。
 しかして順位は電子單位で計算して、核の荷電に相當する數である。金庫内の價値は極つてゐるが、まだその蓋を開けて、中身を調べた人はない。何れ六ヶ敷い鍵がなければ、點檢することはできまい。吾人は水素原子核や電子が、どんなに配列されてあるかゞ知りたい。ラザフォード(英人)は、快速アルファ粒子を彈丸として金庫破りを試みたが、輕い元素からは水素原子が出て來た驗しがある。しかし重い元素の核は、一向この方法で壞れない。いつか吾人は原子核内の状況を窺ひ得る機會に到達するであらう。その曉には世界の面目は一新せらるゝこと必然である。
 金庫内に秘藏してある品物の状況はまだ判らぬものとして、その周圍にある品物はどうであるかと訊ぬるに、これらは順位が定つてゐて、容易に變換を許さない。即ち核に近い電子と、店先きに近いものとがある、位の高い電子が低いところに移るとき、光を發する。各元素に固有なスペクトルがあることは、この順位が一樣になつてゐないことを證明する。それ故電子の陳列状況を詳にするには、光線を分析せねばならぬ。これは既に分光學で調査されてあつたけれども、その意味は判明しなかつたため、一定の法則の下に整理せずにあつた。
 この好材料を處分するに先鞭を付けたのは、ボーア(デンマーク人)であつた。初めて水素原子のスペクトルについて遺憾なく説明を施した。その説くところによれば、諸原子核に附隨してゐる電子は、惑星が太陽の周りで運行するが如く、軌道を※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つてをつて、發光するときはその道が變更される。その光波の振動期は、軌道に在る電子のエネルギー變換で極るといふことであつた。この議論が量子論の當初の如くまた槍玉に揚げられたけれども、着々實驗證明を得たので、その説を敷衍し、また證明する實驗が學者の本務のやうに考へられ、物理學上研究論文の大部分はボーア派の獨り舞臺であつた。即ち一九一三年より一九二五年まで十二年間は、物理學史上いはゆるボーア時期なるものを劃成し、原子内の電子について少からざる光明を放つた。然し始めあるものは終りありで、段々調べて行くと、或る元素の發する光線は、どんなに實驗を委しくし計算を施しても、電子の軌道説では解釋されなくなつた。しかのみならず光の強弱や、偏りなどについては、何とも明示することが不可能である缺點を有つてゐたから、修正を施さねばならなくなつた。
 量子説の説明に苦しんだ現象は干渉と※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]折であつた。これは最初から攻撃の的になつた。波動説に從へば何んでもないが、量子が干渉するには特別の機構がなければならぬ。偏りを生ずるには猶更難澁である。この重要なる現象を説明するには單にボーア流の觀察では不滿足であつた。これよりさきアインシュタインは光電池が、煌々と照らされて電子を逸出する作用を論じ、光量子は微粒子の如く、エネルギーである以上はその運動量も同時に考察せなければならぬ。逸出する電子のエネルギーは物質より出るに必要なる仕事を、光量子から引き去つたものと均しと論じたが、この論鋒は正しく、又エッキス線に關するコムプトン(米人)效果に適用されて、光量子が恰も微粒子の如き行動を執れば自ら解決することゝなつた。
 由來光は波動であるとか、微粒子であるとか考へてゐるが、その間に離るべからざる關係があるではなからうか。微粒子が動く場合には、波動に伴はれてゐるであらうとはド・ブロイー(佛人)[#「(佛人)」は底本では「(佛人 」]が説きはじめた事柄である。されば電子を大速度で動かして、エッキス線同樣の結果を得るや否の試驗をなした結果、理論で示す如き波長の線あること證明し、遂に波動電子の觀念を得るに至つた。しかしド・ブロイーの議論は、意味頗る深長であるから、シュレーヂンゲル(墺人)によつて著るしく發展せ
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