えゝ。――さあどうぞこちらへ。」
 私は嬉しさの余り、二段づゝ急いで梯子段《はしごだん》を上つた。座敷に入つてゆくと、皆はもういゝ加減に酔つてゐる所だつた。
「やあ、よく来たな。」
「まあ、早く此処へ来て坐れよ。」
 彼らは声々にかう云つた。私は殆んど手を握らん許《ばか》りに興奮して、彼等の傍に座を占めた。――多分ゐるだらうとは思つてゐたが、かうまで皆が揃つてゐて、しかも自分の来るのを待つてゐたとは、殆んど誂《あつら》へて置いたやうなものだつた。喜んだのは私許りでなかつた。
「これだから、俺は念力つてものを信じるよ。あゝ、信じるとも。信ぜずにゐられないよ。――是《これ》だけ待つてゐたんだから、必ず来る。きつと来るつて僕はさう云つてたんだ。そしたら果して来たぢやないか。」平常《ふだん》から人間の心理的な力といふやうなものに、一種の迷信めいたものを持つてゐるS君はその鋭い秀《ひい》でた眼を少しとろりとさせ、白い小作りな顔をぽつとさせて、首を傾《かし》げ/\云つた。
「今日はね。先刻《さつき》から三人で落合つて、芸者《キモノ》抜きで酒を呑《の》み始めたんだが、S君が僕に人間つてものは面白いも
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