らのやうな、破綻のないものぢやないんだよ。芸術つてものも、彼らのやうに、キチンとしたものぢやないんだよ。――いゝから彼らが離れると云ふんなら、勝手に離れさして了ひ給へ。それは君に取つて、ちつとも差支《さしつか》へがない事だよ。」
 私は此の無茶な談義を、不思議にも其時、心から嬉しく聞いてゐた。そして其間にはS君のどき/\鳴る心臓を、すぐそこに感じてゐた。私の眼には、いつの間にか、そつと涙がこみ上げて来てゐた。
 Tも黙つてゐた。Y君も其間中黙つて、一人嬉しげに点頭《うなづ》いてゐた。余り一座が傾聴したために、S君は少してれて、
「さあ、それぢや人間界の話はこれ位にして、天人どもを招集しようか。」と云ひ出した。
 もう遅かつたけれど、直ちに芸者が呼ばれた。正月のことで、大抵呼んだ顔が揃へられた。而《そ》して又|一頻《ひとしき》り、異ふ意味での談話が盛つた。が、それでも二時近くなると、芸者たちもぽつ/\帰つて行き、割合に近くに住居《すまひ》のあるS君とY君とも、自動車を呼んで、帰る事になつた。
 Tと私とは、すつかり皆の帰つて了つた後に、女気なしで寝る蒲団《ふとん》を敷かせた。
 二人は何か二人きりで、話したくてならぬ事があるやうな気持だつた。
 もう大分夜も更《ふ》けたので、四辺《あたり》はすつかり静かだつた。夜半からぱつたり落ちて了つた風が、たゞ時々思ひ出したやうに、雨戸の外の紐《ひも》か何かを、ぱたん/\と打ちつける音がした。二人は枕元の水をしたたか呑んで、枕を並べて寝についた、電気はもうとうに消してあつた。
 …………私はいろ/\な心持を閲《けみ》した後で、どうも眼が冴《さ》えて眠られなかつた。ふいにごとりとTの寝返りを打つのが聞えた。
「おい。まだ寝ないのかい。」と私は声をかけた。
「まだだ。どうも寝つかれない。」
 私はそこで暫らく暗い天井を凝視《みつ》めてゐた。さうして一人でふゝ[#「ふゝ」に傍点]と笑つた。
「何を笑つたんだい。」Tが闇の中から訊《たづ》ねた。
「なあに、奴らは、僕がかうして君と、此処に寝てゐるのを、夢にも知るまいと思つて。」
 Tはすぐには答へなかつた。そして暫らく経つてから、まるで別人のやうな静かな声音で、
「併し君は幸福だよ。さう云ふ友だちを持つてるだけでも羨《うらや》ましい。」と云つた。
「うむ……。」私は答ふる暇もなく、不意に瞼
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