ぬように、思われるのである。』
なおこれ以後の四パラグラフは、大体において第一版を基礎とする。Cf. 1st ed., pp. 135−139.
[#ここで字下げ終わり]
私は、人口が、それに比例する生活資料の増加なくして永続的に増加し得る場合があることを、述べた。しかし、食物とそれにより養われる人口との間の比率の、国を異にするにより生ずる変化には、越し得ない限度があることは、明かである。人口が絶対的に減少しつつはない国においては、すべて、食物は必然的に、労働者階級を扶養し維持するに足るものでなければならない。
他の事情が同一ならば、一国の人口の多寡は、それが生産しまたは獲得し得る人類食物の量に比例し、また幸福の程度は、この食物の分配される量、すなわち一日の労働が購買する量に比例する、と断定し得よう。麦産国は畜産国よりも人口が多く、また米産国は麦産国よりも人口が多い。しかし彼らの幸福は、人口の粗密にも、国の貧富にも、国の新旧にも依存せず、人口と食物とが相互にとる比率に依存するのである。
この比率は一般に、新植民地で最も良いのであるが、そこでは、古国の知識と勤労とが、国の肥沃な無主の土地に充用されるのである。他の場合では、国の新旧はこの点において大きな重要性を有たない。おそらく大英国の食物は、二千年、三千年、または四千年以前よりも、現在の方がより[#「より」に傍点]潤沢にその住民に分配されている。そして、蘇格蘭《スコットランド》のハイランド地方の貧しく人口稀薄な地方は、ヨオロッパの最も人口稠密な地方よりも、過剰人口により[#「より」に傍点]多く悩んでいるのである。
もしある国が、技術のより[#「より」に傍点]進んだ国民によって決して侵略されることなく、それ自身の文明の自然的進歩のままに委ねられるならば、その生産物を一単位と考え得る時から百万単位と考え得る時まで、数千年数万年の間、人民の大衆が、直接にか間接にか、食物の不足に悩まなかったと云い得る時は、ただの一時もないであろう。歴史あって以来、ヨオロッパのあらゆる国では、それに関する記録をはじめてもって以来、幾百幾千万の人類は、――もとよりこれら諸国のあるものではおそらく絶対的の飢饉は一度も起らなかったかもしれぬが、――この単純な原因により抑圧され来っているのである(訳註)。
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〔訳註〕第
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