当然より[#「より」に傍点]多産的な年齢に結婚が行われる各結婚の出産性の増大との、両者によるものである。
これに反し、反対の原因によりある国または教区の健康性が著しく大である時には、もし人民の習慣により、過剰人口の吐け口として移民が行われないならば、やがて予防的妨げの絶対的必要が極めて強く人民の注意に迫り、ために彼らはこれを採用せざるを得なくなり、もしこれを採用しなければ餓死するということになるであろう。従って結婚は極めて晩婚となるので、啻に年々の結婚数が全人口に対比して小となるばかりでなく、また各個々の結婚の生殖力も当然に小となるであろう。
ミウレ氏が言及しているレエザンの教区においては、これら一切の事情がなみならぬ程度で共存していたように思われる。その位置はアルプス山脈に位しているが、しかし高過ぎることはないから、おそらく空気は最も清浄で衛生的であった。そして人民の職業は、全部牧畜であったから、従って最も健康的なものであった。ミウレ氏の計算の正確なことはこれを疑うことが出来ないが、それによれば、この教区における生命蓋然率は、六一年というが如き異常な高さにあったことがわかる1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。そして平均出生数が三〇年に亙りほとんど正確に死亡数と等しかったという事実は2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]、人民の習慣上移住が行われず、そしてこの教区の人口を支持すべき資源がほとんど停止していたことを、明かに立証するものであった。従って吾々は、牧場は限られており、量においても質においても容易には増大し得なかったであろう、と断言することが出来る。そこで飼育し得る家畜の数はもちろん、同様にまたこれら家畜の世話に必要な人間の数も、限られていたことであろう。
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1)[#「1)」は縦中横] Id. table v. p. 64.
2)[#「2)」は縦中横] Id. table i. p. 15.
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かかる事情の下においては、青年期に達した若者は、誰かが死んで、牧人か搾乳者かその他類似の職業が空席となるまでは、その父の家を去って結婚することはどうして出来ようか。そして、人民の健康が非常によいのでこうしたことはなかなか起らぬに違いないから、彼らの大多数は、その青年期の大部分を独身で暮らさなければならず、しから
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