ス洋のより[#「より」に傍点]肥沃な島では、貧困や食物の欠乏に苦しむことはほとんどまたは全くないということが、確実な事実であるとすれば、かかる気候における蒙昧人の間でかなりの程度の道徳的抑制が行われるとは期待し得ないであろうから、この問題に関する理論は当然に、戦争を含んでの罪悪が、彼らの人口に対する主たる妨げである、との結論に達せしめるであろう。これらの島々に関し吾々の有つ記録は、有力にこの結論を確証する。上述した三大群島においては、罪悪が最も顕著なものであるように思われる。イースタ島においては女に対して男が非常に比例がとれていないのであるが1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]、これから見ると、航海者の誰にも知られていないけれども、殺児が広く行われていることには疑いはあり得ない。ペルウズは、各地方の女は、その地方の男の共有財産であると考えているらしい2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]。もっとも彼れの目にふれた子供の数は3)[#「3)」は縦中横、行右小書き]、むしろこの意見を否定するものの如くであるが。イースタ島の人口は、ヨオロッパ人との交渉によっては大きな影響を受けたはずはないけれども、ロツゲワインが一七二二年にこれを最初に発見して以来、極めて著しい変動を示しているようである。ペルウズの記すところによれば、彼がそれを訪れた時には、それは、おそらく旱魃か、内乱か、または極度の殺児と乱交の流行かの、いずれかの原因により、非常に少なくなっていたその人口を、恢復しつつあるように思われた。キャプテン・クックが第二の航海でそれを訪れた時には、その人口を六、七百と見積ったが4)[#「4)」は縦中横、行右小書き]、ペルウズは二千と見積った5)[#「5)」は縦中横、行右小書き]。そして彼れの見た子供の数と、建築中の新らしい家の数からして、彼は人口は増加しつつあると考えたのである6)[#「6)」は縦中横、行右小書き]。
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1)[#「1)」は縦中横] 〔Cook's Second Voy. vol. i. p. 289. Voyage de Pe'rouse, c. iv. p. 323; c. v. p. 336. 4to. 1794.〕
2)[#「2)」は縦中横] 〔Pe'rouse, c. iv. p. 326; c. v. p. 336.〕
3)[#「3)」は縦中横] Id. c. v. p. 336.
4)[#「4)」は縦中横] Cook's Second Voy. vol. i. p. 289.
5)[#「5)」は縦中横] 〔Pe'rouse, c. v. p. 336.〕
6)[#「6)」は縦中横] Ibid.
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マリアナ諸島においては、ゴビアン教父によれば、極めて多数の1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]若い男が、オウタハイト島のエアリイオイ社の成員のような生活を送りながら、独身生活を送り、そして類似の名前で他のものから区別されていた2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]。台湾島では、女は三十五歳以前には子供を産むことを許されない、と云われている。もしその前に懐姙《かいにん》するならば、巫女により堕胎が行われ、そして夫が四十歳になるまで妻は引続き父の家で暮し、ただ密かに会うだけである3)[#「3)」は縦中横、行右小書き]。
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1)[#「1)」は縦中横] 『無限の青年』――Hist. des Navigations aux Terres Australes, vol. ii. p. 507.
2)[#「2)」は縦中横] Cook's Third Voyage, vol. ii. p. 158, note of the Editor.
3)[#「3)」は縦中横] Harris's Collection of Voyages, 2 vols. folio edit. 1744, vol. i. p. 794, この話は、忠実で相当聞えたドイツの旅行家のヨオン・アルベルト・デ・マンデスレーの伝えるところであるが、この場合は彼はモンテスキウが引用している(Esprit des Loix, liv. 23, ch. 17.)オランダの著者からこの記述をとったものだと思う。このような奇妙な慣習があることを確証するにはおそらくこの典拠は不十分であるが、私は全然あり得ないこととは思われないと思う。同じ記述の中には、これら人民の間には境遇の相違はなく、また彼らの戦争は流血を伴わず従ってただ一人の死がおおむね戦争を決定する、と述べてある。非常に気候が健康的であり、人民の習慣は人口増加に好都合で財貨の共有が樹立されているところでは、大家族から生ずる格別の貧困[#「格別の貧困」に傍点]を恐れる理由は個人にはないのであるから、政府は何らかの方法で法律により人口を抑圧せざるを得ないであろう。そしてこれはあらゆる自然的感情の最大の蹂躪《じゅうりん》であろうから、財貨の共有に対するこれ以上の有力な反対論はあり得ないのである。
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その他若干の島々にはちょっとした訪問が行われただけであり、従ってそれに関する記述は不十分であるから、吾々としては、その習慣について詳しく述べることは出来ない。しかし、上述した限りにおいては、これらの習慣は一般に類似していることからして、吾々は、これらの島のあるものには上述の如き甚しい蛮行のあるものがないとはいえ、女子に関する悪習と戦争とが、その人口に対する主たる妨げである、と考える理由を有つのである。
しかしながらこれが全部ではない。南洋諸島の土人の生活について伝えられている食物豊富な幸福な状態の問題について、私は、この楽天地について時に過大のことが云われるため、吾々の想像は真実以上の点まで行きすぎているものと、考えたい気がする。オウタハイトにさえ欠乏の圧迫が珍しくないというキャプテン・クックの最終航海記の叙述は、一切のこれらの島々のうちで最も肥沃なものに関して吾々の蒙を啓くものである。そして伝道航海記から見ると、パン果の実らない季節には、すべてのものが一時的欠乏に悩むのであることがわかる。マアクイサス諸島に属するオハイタフウにおいては、この欠乏が飢饉と化し、動物ですら食物の欠乏により死に瀕したのである。フレンドリ諸島の主島たるトンガタブウにおいては、豊富な食物を確保するために酋長が他の島にその住居を移し1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]、そして時には多くの土人が欠乏に大いに苦しんだ2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]。サンドウィッチ諸島においては、長期の旱魃が時に起り3)[#「3)」は縦中横、行右小書き]、豚と山芋はしばしば極めて少くなり4)[#「4)」は縦中横、行右小書き]、そして訪問者はオウタハイトの贅沢な気前のよさとは大いに異って、ひどい虐待を受けるのである。ニュウ・カレドニアでは住民は蜘蛛を食って生きており5)[#「5)」は縦中横、行右小書き]、そして時には、飢の欲求を鎮めるために、大きな滑石を食うまでに至るのである6)[#「6)」は縦中横、行右小書き]。
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1)[#「1)」は縦中横] Missionary Voy. Appen. p. 385.
2)[#「2)」は縦中横] Id. p. 270.
3)[#「3)」は縦中横] Vancouver's Voy. vol. ii. b. iii. c. viii. p. 230.
4)[#「4)」は縦中横] Id. c. vii. and viii.
5)[#「5)」は縦中横] Id. ch. xiii. p. 400.
6)[#「6)」は縦中横] 〔Voyage in search of Pe'rouse, ch. xiii. p. 420. Eng. transl. 4to.〕
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これらの事実は、ある時期にこれらの島の生産物がいかに豊富であることが見られるとしても、または彼らがいかに無智、戦争及びその他の原因によって妨げられるとしても、その平均人口は、一般的に云えば、平均食物の限界を緊密に圧迫していることを、有力に証明するものである。下層階級の人民の生命が上流者によってほとんどまたは全く価値を有たぬものと考えられているように思われる社会状態においては、吾々が表面上の富裕について極めて欺かれ易いことは明かである。そして吾々は、容易に、主だった所有者階級はたくさんの豚や山菜をヨオロッパの商品と交換したかもしれぬが、他面その家来や奴隷は甚だしく欠乏に悩んでいるものと、容易に考え得るであろう。
蒙昧生活の名の下に分類され来っている人類社会部門に関するこの概観を終るに当り、私は、それが文明生活に優っている利点で私の認め得る唯一のことは、人民大衆がより[#「より」に傍点]大なる程度の閑暇をもつ点であるということを、述べないではいられない。為すべき仕事はより[#「より」に傍点]少なく、従って労働はより[#「より」に傍点]少ない。文明社会の下層階級が不断の労苦に運命づけられていることを考えると、これは吾々には著しい利点と思われざるを得ぬ。しかしそれはおそらくはるかにより[#「より」に傍点]大きな不利益によって打ち消されて余りある。生活資料が容易に獲得される一切のこれらの地方には、極めて圧制的な階級差別が行われる。財産の打撃と侵害は当然のことのようであり、そして下層階級の人民は、文明圏において知られているよりもはるかに低い隷属状態にある。蒙昧生活の中平等が大なる程度に行われている部分においては、食物獲得の困難と不断の戦争の苦労とは、文明社会の下層階級の人民の行う労働に劣らぬ程度の労働を必要ならしめる、――もっともその労働は文明社会でははるかに不平等に分配されているけれども。
しかし吾々は、人類社会のこれら二階級の労働を比較することは出来ようが、彼らの辛苦や苦悩は比較を許さないであろう。この点を最もはっきりさせてくれるものは、アメリカの蒙昧人のより[#「より」に傍点]低級な種族における教育の全方針であるように私には思われる。最も甚だしい苦痛や不幸の下にあって最強の忍耐心を教えるに役立つあらゆるもの、心情を硬化し同情心の一切の源泉をとざす傾向あるあらゆるものこそが、蒙昧人に最も熱心に教え込まれる所である。文明人はこれと反対に、害悪が起った時には忍耐をもってこれを堪え忍ぶことを教えられはしようが、しかし常にそれを予期するようには教えられていない。剛毅の外になお他の徳の発揮が要求される。彼は、困窮に際し、隣人のことを、またはその敵のことさえ、同情するように、その社会的感情を促進し拡大し、そして一般的に云えば、愉快な情緒の領域を拡張するようにと、教えられている。これら二つの異る教育法から明かに推論し得ることは、文明人は楽しむことを希望し、蒙昧人はただ苦しむことだけを予期するということこれである。
非常識なスパルタ式訓練法や、私的感情を公けの関心の中に吸収させてしまうことは、不断の戦争から絶えざる困苦と辛労とに曝されている人民や、絶えざる境遇逆転の怖れの下にある状態においてでなければ、決して存在し得なかったであろう。私はかかる現象をもって、スパルタ人の気質における剛毅と愛国心とのある特有の傾向を指示するものとは考えずして、単に、スパルタ及び一般的には当時のギリシアの、悲惨なほとんど蒙昧の状態を力強く指示するものと考えたい。市場の商品と同様に、最大の需要のある徳は最多重に生産されるであろう。そして苦痛と辛苦の下における忍耐力及び行き過ぎた愛国的犠牲が最も要求される場合には、それは人民の窮乏と国家の不安固とを示す、憂鬱な指示なのである。
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第六章 ヨオロッパ北部の古代住民における人口に対する妨げについて
人類の初期の移動と定住の歴史、並びにそれを促した動機は、極めて顕著に、生活資料を越えて
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