を見るというのであるならば、それは単に彼らの窮乏を加重するだけであり、人口は依然旧のままに止まるであろう。
 同じことは、かつて繁栄し人口の稠密であったエジプトについても云い得よう。その衰えた現情は、人口増加の原理が弱くなったから生じたのではなく、最も暴威的圧制的な政治の結果たる財産の不安固により、勤労と先見の原理が弱くなったから生じたものである。現在のエジプトにおける人口増加の原理は、それが為し得るだけのことをしている。それは人口を生活資料の水準一杯に保っている。そして仮にその力が現在の実際の力の十倍であるとしても、これはより[#「より」に傍点]以上のことはなし得ないであろう。
 旱魃の年には給水用の貯水池の働きをし、多雨の年には洪水を防ぐための排水溝となり放水路の働きをするところの、大きな湖水や、運河や、ナイル河を統制する目的を有つ大きな水路の如き、古代の工事の遺跡は、昔エジプトの住民が、勤労により、彼らの河川の氾濫によって、今より遥かに多大の土地を肥やそうと努めたこと、また現在、氾濫の過不足によってかくも頻々と起っている困窮を、ある程度防止しようと努めたことを、吾々に十分に示している1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。総督ペトロニウスは、自然の拒否したことを技術によって行って、従来常に不作を伴った如き氾濫不足という不利益の下においてすら、エジプトの到る処に豊作をもたらした、と云われている2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]。洪水が大き過ぎるのは不足な揚合と同様に農民にとって致命的である。その結果として古代の人は、過剰の水をリビアの乾燥した砂地に氾濫させる排水路を作り、かくて沙漠をも人の住み得るところとした。これらの事業は今はすべて修理が行われておらず、そして監理の不良のためにしばしば善果よりも惨害を生み出している。この怠慢、従ってまた生活資料の減少の原因は、明かに政府の極度の無智と残忍と、及び人民の悲惨な状態にあるのである。主たる権力を握るマメリウクは、自ら富むことだけを考え、この目的のために最も簡単な方法と思われるもの、すなわち見つかり次第に富を奪い取り、暴力でそれを所有者から強奪し、そして絶えず新らしい勝手な貢納を課するという方法を、とっている3)[#「3)」は縦中横、行右小書き]。彼らの無智と残忍、及び彼らの生活の不断の脅威は、彼らに、その掠奪をも
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