よりも、極めてより[#「より」に傍点]多くの人間を、用いるであろう。
もし私が、戦争の間に、五〇〇|磅《ポンド》の租税――そしてそれは陸海軍人たる人々に支出されるものであるが――を求められないならば、私はおそらくその所得部分を、家具、衣服、書類等々に支出し、そしてそれがこれらのいずれの仕方で支出されようと、同一量の労働が生産に雇傭されるであろう。けだし陸海軍人の食物及び衣服は、それを生産するに、より[#「より」に傍点]奢侈的な貨物と同額の勤労を必要とするからである。しかし戦争の場合には陸海軍人たる人々に対する需要の増加があり、従って一国の収入よりして支持されその資本によっては支持されない戦争は、人口の増加に対して好都合なものである。
戦争の終結に当り、私の収入の一部分が私の所に戻って来、以前と同様に葡萄酒や什器やその他の奢侈品の購買に用いられるならば、それが以前に支持しかつ戦争が齎した所の人口は過剰となり、そしてそれが爾余《じよ》の人口に及ぼす影響と両者の間の就職競争とによって、労賃の価値は下落せしめられ、労働階級の境遇は著しく悪化されるであろう。
一国の純収入の額の増加、またむしろその総収入の増加が、労働に対する需要の減少に伴う可能性について、注目すべきもう一つの場合がある、それは、馬の労働が人間のそれに代位せしめられる場合である。もしも私が私の農場に百名を用い、そして私が、これらの人々の中の五十名に与えられる食物が馬の支持に転向され得、しかも私に、馬の買入に要する資本の利子を控除した後に、より[#「より」に傍点]多量の粗生生産物の収穫を与えることを見出すならば、私にとっては、人間に代えるに馬をもってするのが有利であり、従って私はそうするであろう。しかしこのことは人々の利益とはならず、そして私の得る所得が私をして馬と人間との双方を用い得せしめるほどに増加されない限り、人口は過剰となり労働者の境遇は一般的に下落すべきことは明かである。彼がいかなる事情の下においても農業に雇傭され得ないことは明かである。しかしもし土地の生産物が、馬に代えるに人間をもってすることによって、増加されるならば、彼は、製造業に、または僕婢として、雇傭されるであろう。
(一四三)私のなした叙述が、望むらくは、機械は奨励されてはならないという推論に導かざらんことを。原理を明かにせんがために、
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