なり、そして労働階級の境遇は窮乏と貧困とのそれになるであろう。
(一四一)しかしながら、資本を増加するために収入から貯蓄するの力は、純収入が資本家の欲求する所を充足する力に依存しなければならないから、必ずや、機械採用の結果たる貨物の価格の下落から、同一の欲求品を手に入れながら彼れの貯蓄力は増加する――収入を資本に転ずる便宜は増加する――という結果が起って来るであろう。しかし資本が増加するごとに彼はより[#「より」に傍点]多くの労働者を雇傭するであろう。従って最初に失業した者の一部分は後に雇傭されるであろう。そしてもし機械の使用の結果たる生産の増加が極めて大であるために、以前に総生産物の形で存在していたと同一量の食物及び必要品を純生産物の形で与えるならば、全人口を雇傭する能力は同一であり、従って何らの人口過剰も必然的に起るわけではないであろう。
私の証明せんと欲するすべては、機械の発明と使用とは総生産物の減少を伴うかもしれず、そしてそれが事実である時には常に、それは労働階級にとって有害であり、その理由は、彼らのある者は解雇され、そして人口はそれを雇傭すべき基金に比して過剰となるであろうから、ということである。
私が仮定して来た場合は私が選び得る最も簡単なものである。しかしもし吾々が、機械がある製造業――例えば毛織物業または木綿織物業――に用いられたとしても、それは結果において何らの相違も起さないであろう。もしそれが毛織物業であるならば、機械の採用後はより[#「より」に傍点]少なる毛織布が生産されるであろう。けだし多数の労働者に支払う目的で処分される分量の一部分は、彼らの雇傭者によって必要とされないからである。機械を使用する結果、単に消費された価値並びに全資本に対する利潤に等しい価値を再生産することが、彼にとり必要であろう。七、五〇〇|磅《ポンド》が、一五、〇〇〇|磅《ポンド》が以前になしたと同様に有効に、このことをなすであろうが、この場合は前の例といかなる点でも異らないからである。しかしながら、毛織布に対する需要の大いさは以前と同一であろう、と言われるかもしれず、またどこからこの供給が来るか、と問われるかもしれない。しかし誰によってこの毛織布は需要されるであろうか? 農業者達及び他の必要品生産者達――毛織布取得の手段としてこれらの必要品の生産にその資本を用いる農業
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