べた意見と一致するものである。
かくて植民地との貿易が、完全な自由貿易よりも植民地にとりより[#「より」に傍点]不利であると同時に母国にとりより[#「より」に傍点]有利であるように、調整され得ることは、明かである。その取引を特定の一店に限られるのが個人たる消費者にとって不利であると同じく、一特定国から購買するを余儀なからしめられることは消費者たる一国民にとって不利である。もしその店またはその国が必要とされる財貨を最も低廉に提供するならば、それは何らのかかる排他的特権なくしても財貨の販売を確保し得よう。そしてもしそれがより[#「より」に傍点]低廉に販売しないならば、一般的利益のために、それが他のものと等しい利益をもって営み得ない職業を継続するのを奨励されないようになろう。その店またはその販売国は職業の変更によって損失するかもしれないが、しかし一般的利益は、一般資本の最も生産的な分配すなわち普遍的な自由貿易によってこそ最も十分に確保されるのである。
貨物の生産費が増加しても、もしそれが第一必要品であるならば、必ずしもその消費は減少しないであろう。けだし購買者の一般的消費力がある一貨物の騰貴によって減少しても、しかも彼らはその生産費が騰貴しなかった所の何らかの他の貨物の消費を止め得るからである。その場合には、供給される分量と需要される分量とは以前と同一であろう。生産費のみが増加しているであろうが、しかも価格は、この騰貴せる貨物の生産者の利潤を他の職業から得られる利潤と等しからしめるために騰貴するであろうし、また騰貴しなければならぬ。
セイ氏は生産費が価格の基礎であることを認めているが、しかし彼はその書物の種々なる部分において、価格は需要供給の比例によって左右されると主張している。ある二貨物の相対価値の真実かつ窮極的規制はその生産費であり、生産され得べき各々の分量でもなく、また購買者の間の競争でもないのである。
(一二一)アダム・スミスによれば、植民地貿易は、英国資本のみが用いられ得る事業であることのために、すべての他の職業の利潤率を騰貴せしめた。そして彼れの意見によれば、高い利潤は高い労賃と同様に、貨物の価格を騰貴せしめるから、植民地貿易の独占は――彼れの考えるに、――母国にとって有害であったが、けだしそれは製造貨物を他国と同様に低廉に売る力を減少せしめたからである
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