要素及び機械が吾々のためになす奉仕を過小評価してはおらず、ただ極めて正当に、それが貨物に附加する価値の性質を明かに区別しているのであるからである、――それは、生産物の分量を増加し、人間をより[#「より」に傍点]富ましめ、使用価値を附加することによって、吾々に役立つ。しかし、それはその仕事を無償でなすから、空気や熱や水の使用に対しては何物も支払われないから、それが吾々に与える助力は交換価値には何物をも附加しないのである。
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    第二十一章 利潤及び利子に及ぼす蓄積の影響

(九九)資本の利潤について与えられ来った説明からすれば、労賃の騰貴に対するある永続的原因がない限り、資本の蓄積は決して永続的に利潤を下落せしめないことが分るであろう。もし労働の維持のための基金が二倍、三倍、または四倍になっても、この基金によって雇傭さるべき必要な人数を得る困難は長くはないであろう。しかし国の食物を絶えず増加して行く困難が逓増して行くために、同一の価値を有つ基金はおそらく同一量の労働を維持しないであろう。もし労働者の必要品が常に同じく容易に増加され得るならば、資本がいかなる額まで蓄積されようとも、利潤率または労賃率には何らの永続的変動も起り得ないであろう。しかしながらアダム・スミスは、利潤下落の原因を一様に資本の蓄積及びその結果として起る競争に帰し、附加資本が用うべき労働者の附加数に対して食物を供給する困難が逓増することについて論及したことはかつてない。彼は曰く、『労賃を騰貴せしめる資本の増加は利潤を下落せしめる傾向がある。多くの富裕な商人の資本が同一の事業に向けられるときは、彼らの相互の競争は当然その利潤を下落せしめる傾向がある。そして同一の社会の中で営まれているすべての各様の事業において同様の資本の増加がある時には、同一の競争はそのすべての事業において同一の結果を生み出さなければならぬ。』アダム・スミスはここで労賃の騰貴について論じているが、しかしそれは、人口が増加する前に基金が増加することから起る所の一時的の騰貴についてである。そして彼は、資本によってなさるべき仕事が同一の比例で増加されることを、見ていないようである。しかしながらセイ氏は、需要は単に生産によって限定されているに過ぎないから、一国において用いられ得ない資本の額はないということを最も十分に説明した
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