轤ヘその作用を蒙るであろう。
『奢侈品に対する租税は、この課税された貨物の価格以外のいかなる他の貨物の価格をも騰貴せしめる傾向を有たない』ということは、疑いもなく真実である。しかし、『必要品に対する租税は、労働の労賃を騰貴せしめることによって、必然的にすべての製造貨物の価格を騰貴せしめる傾向を有っている』というのは真実ではない。『奢侈品に対する租税は、何らの補償もなく、終局的に課税された貨物の消費者によって支払われる。それは無差別にあらゆる種類の収入、労働の労賃、資本の利潤、及び土地の地代の負担する所となる』というのは真実である。しかし、『必要品に対する租税は、それが労働貧民に影響する限りにおいて[#「それが労働貧民に影響する限りにおいて」に傍点]、終局的に、一部分は地主によりその土地の地代によって、また一部分は地主であろうとその他の者であろうとに論なく、富める消費者により製造財貨の価格騰貴によって、支払われる』というのは真実ではない。けだしかかる租税が労働貧民に影響する限りにおいて[#「けだしかかる租税が労働貧民に影響する限りにおいて」に傍点]、それはほとんど全部資本の利潤の減少によって支払われ、その単に一小部分のみが、各種の課税が齎す傾向がある労働に対する需要の減少によって、労働者自身によって支払われるであろうからである。
(八四)スミス博士が『中流及び上流の人民は、もし彼ら自身の利益を理解するならば、常に、生活必要品に対するすべての租税に、並びに労働の労賃に対するすべての直接税に反対すべきである』という結論に達したのは、かかる租税の結果につき誤れる見解をいだいていた故である。この結論は次の如き彼れの推理から生ずる、すなわち、『これら両者を終局的に支払うものは全然彼ら自身であり、そして常にかなりの超過負担を蒙る。それは地主の最も重く負担する所となるが、彼らは常に二重の資格において支払うのである。すなわち、地主の資格においてはその地代の低減によって、また富める消費者の資格においてはその支出の増加によって。ある租税はある財貨の価格の中に時に四囘も五囘も繰返されかつ累積されるとの、サア・マシウ・デカアの観察は、生活必要品に対する租税に関しては、完全に正当である。例えば、皮革の価格では、自分自身の靴の皮革に対する租税のみならず、靴製造業者及び鞣革《なめしがわ》製造業者の
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