フ価格を騰貴せしめることにより、そして後には労働者に以前と同一の供給を与えるために、労賃を騰貴せしめることによって、自分自身の目的に逆行するものとして、現わされている。』
 (編者註)『諸国民の富』ビウキャナン版、一八一四年、第四巻、五九――六〇頁。
 ビウキャナン氏のこの議論には、真理と誤謬との大混同があるように私には思われる。食料品の高い価格は時に不足な供給によって齎されるという故をもって、ビウキャナン氏はそれをもって、不足な供給の確実な表示と想像している。彼は多くの原因から生じ得べきものを、ただ一つの原因に帰している。不足な供給の場合にはより[#「より」に傍点]小量が同一数の消費者の間に分たれそしてより[#「より」に傍点]小なる部分が各人に帰すべきことは、疑いもなく真実である。この欠乏を平等に分配し、そして労働者が生活資料を以前と同様に自由に消費するのを妨げるために、価格は騰貴する。従って不足な供給によって惹起される食料品の価格のいかなる騰貴も、必ずしも労働の貨幣労賃を騰貴せしめないであろうが、それは消費が遅滞されねばならぬからであるが、このことは消費者の購買力を減少することによってのみ果され得るということは、ビウキャナン氏に許されなければならない。しかし食料品の価格が不定の供給の不足によって騰貴するという故をもって、吾々は、ビウキャナン氏がなしたと思われる如くに、高い価格を伴う豊富な供給はあり得ないと結論することは決して許されないが、ここに高い価格とは、貨幣に関してのみならず、更に他のすべての物に関しての高い価格のことである。
 常に終局的に貨物の市場価格を支配する所のその自然価格は生産の便宜に依存するが、しかし生産量はその便宜には比例しない。たとえ現在耕作されている土地は三世紀以前の耕地よりも遥かに劣り、従って生産の困難は増加されていても、何人が、現在の生産量が当時の生産量を極めて遥かに超過することを、疑い得ようか? 啻に高い価格が増加せる供給と両立し得るのみならず、またそれがこれと共に起らぬことは稀である。かくてもし、課税または生産の困難の結果、食料品の価格が騰貴しそしてその分量が減少されぬならば、労働の貨幣労賃は騰貴するであろう。けだしビウキャナン氏が正当に観察した如くに、『労働の労賃は貨幣には存せず、貨幣が購買する所のもの、すなわち食料品その他の必要
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