ォ貴せしめる以外の結果を有ち得ない。』(編者註)
 (編者註)『諸国民の富』第五篇、第二章(訳者註――キャナン版、第二巻、三四八頁)。
(八〇)ここにスミス博士によって展開されている命題に対して、ビウキャナン氏は二つの反対論を提出している。第一に彼は労働の貨幣労賃は食料品の価格によって左右されるということを否定する。また第二に彼は労働の労賃に対する租税は労働の価格を騰貴せしめるであろうということを否定する。第一の点については、ビウキャナン氏の議論は次の如くである、五九頁(編者註)『労働の労賃は、既に述べた所であるが、貨幣から成るものではなく、貨幣が購買する所のもの、すなわち食料品及びその他の必要品から成る。そして共通の貯財からの労働者への給与は常にその供給に比例するであろう。食料品が低廉にして豊富なる[#「低廉にして豊富なる」に傍点]所では彼れの分前はより[#「より」に傍点]多くそしてそれが稀少にして高価なる[#「稀少にして高価なる」に傍点]所ではそれはより[#「より」に傍点]少いであろう。彼れの労賃は常に彼に正当な分前を与えるであろうが、、彼にそれ以上を与えることは出来ない。労働の貨幣価格は食料品の貨幣価格によって左右され、そして食料品が価格において騰貴する時には労賃はそれに比例して騰貴するというのは、実に、スミス博士及び大抵の他の論者の採る意見である。しかし労働の価格が食物の価格と何らの必然的な関聯をも有たないことは明かである。けだしそれは全然需要と比較しての労働者の供給に依存するからである。しかのみならず、食料品の高い価格は供給の不足の確実な徴候であり、そして事物の自然の行程において消費を妨げる目的をもって起るものであることを、考えなければならない。食物のより[#「より」に傍点]小なる供給が同一数の消費者に分たれるならば、明かに各人にはより[#「より」に傍点]小なる分前しか残らず、そして労働者は共通の欠乏に対する彼れの分前を負担しなければならない。この負担を平等に分配し、そして労働者が以前の如く自由に生活資料を消費するのを妨げるために、価格は騰貴するのである。しかし労賃は、彼が依然として、より[#「より」に傍点]稀少な貨物の中の同一分量を用い得るために、それと共に騰貴しなければならないように見える。そこでかくて自然は、まず最初には消費を減少せしめるために、食物
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