こで字下げ終わり]
 印度人の習慣から生ずるもう一つの結婚の障害は、結婚しない兄は、云わば彼れの他の弟達全部を同一の状態に閉じ込めるらしいということこれである。けだし兄よりも先に結婚する弟は、恥辱を招き、そして忌むべき者の中に入れられるからである1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。
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 1)[#「1)」は縦中横] Id. p. 141.
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 立法者が印度の女子の行状と性行につき画いている性質は、はなはだ好ましからぬものである。彼はあまねく峻烈に表現しているが、その中で曰く、『男子に対するその情欲、その移り気、その固き愛情の欠乏、及びその片意地な天性により、女子はいかに現世においてよく保護されても、まもなくその夫から疎んぜられる1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。』
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 1)[#「1)」は縦中横] Id. c. ix. p. 337.
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 この性質がもし本当であるとすれば、それはおそらく彼女らが決して最少の自由すら許されていないこと1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]、及び一夫多妻制の実行によりその境遇が堕落したのによって、生じたものであろう。しかしそれはともかくとして、かかる章句は、法律が姦通を禁じているにもかかわらず、両性間の不義が頻々と行われていることを、有力に示す傾向をもつものである。これらの法律は、公《おおや》けの舞踊手や歌手の妻、またはその妻の姦淫によって生活するが如き下等な男の妻に関するものではない、と記されているが、これは2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]、かかる性行が稀《めずら》しいことではなく、またある程度まで認められていることの、証拠である。これに加うるに、富者の間における一夫多妻の実行は3)[#「3)」は縦中横、行右小書き]、時に下層階級のものが妻を得ることを困難ならしめ、そしてこの困難はおそらく、奴隷状態に陥れる人々の上に特に辛く落ちかかることであろう。
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 1)[#「1)」は縦中横] Id. c. v. p. 219.
 2)[#「2)」は縦中横] Id. c. viii. p. 325.
 3)[#「3)」は縦中横] Id. c. ix. p. 346, 347.
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 以上一切の事情を一緒にしてみると、印度における人口に対する妨げの中にはおそらく予防的妨げが参加していることであろう。しかし人民の間に広く行われている習慣や思想から見ると、早婚の傾向はなお常に優勢であり、そして一般に一家を養い得る望みが少しでもあるすべての者に結婚を促していると信ずべき理由がある。このことの当然の結果として、下層階級の人民は極貧に陥り、最も質素稀少な生活法を採用するを余儀なくされたのである。この質素という風習は、それが顕著な徳と見做されることによって、更にますます増大し、そしてある程度上流階級にまで拡がった1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。人口はかくして緊密に生活資料の限界に圧迫され、そして国の食物は人民の大多数に、生命を維持し得る最少限度に割り当てられることになったのであろう。かかる事態においては、季節の不順による不作があるごとに、それは最も苛酷な被害を及ぼすこととなろう。そして印度は、当然予想される如くに、あらゆる時代に、最も恐るべき飢饉を経験して来ているのである。
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 1)[#「1)」は縦中横] Id. c. iii. p. 133.
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 マヌウの法典の一部分は、明かに、因窮時の考慮に当てられており、そして種々の階級に対しかかる時期に採るべき行為につき指示が与えられている。飢饉と欠乏とに悩む婆羅門のことはしばしば述べられてあり1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]、また不浄不法の行為をしたけれど、しかし立法者がそれは窮迫にせまられたのであるから恕すべきものと看做したところの、ある昔の高徳な人格者のことが述べてある。
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 1)[#「1)」は縦中横] Id. c. iv. p. 165 ; c. x. p. 397.
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『アジイガルタは餓死に瀕して、その息子を数頭の牛を得るために売り、もって息子を滅ぼそうとした。しかし彼はいかなる罪過にも当らない。けだし彼は単に飢饉から免れようとしたに過ぎないからである。』
『善悪をよく弁《わきま》えたヴァーマデエヴァは、飢餓に迫られたとき、犬の肉を食べたいと思ったけれども、しかし決して不浄とはされなかった。』
『徳と罪との差別を何人よりもよく知るヴィスワアミトラもまた、餓死しようとしたとき、一人のチョウダアラから受取った犬の腰肉を食う決心をした1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。』
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 1)[#「1)」は縦中横] Id. c. x. p. 397, 398.
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 もしすべての人が援助すべき義務を負うかかる最高階級の大人物高徳者ですらかかる窮迫に陥ることがあるのであるならば、吾々は容易に、最下層階級の苦難がいかなるものであるかを推察することが出来るのである。
 かかる章句は、これらの法典の起草された初期の時代に、最も過酷な困窮の季節が存在したことを、明かに証明するものである。そして吾々は、それがその時以来不規則に時々起ったと考えるべき理由をもっている。ジェスイット僧の一人は、彼が一七三七年及び一七三八年の二ヵ年の飢饉の間に目撃した惨状は、筆紙に尽し難いと云っているが1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]、しかし、彼がこの飢饉とそれがもたらした死亡率とについて述べているところは、それだけで十分人を戦慄せしめるものである。もう一人のジェスイット僧はもっと一般的に次の如く云う、『毎年吾々は一千名の児童に洗礼を施すが、彼らはその両親がもはや養うことが出来ず、または死にそうなのでこれを手離そうとして母親が吾々に売るものである2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]。』
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 1)[#「1)」は縦中横] Lettres Edif. tom. xiv. p. 178.
 2)[#「2)」は縦中横] Id. p. 284.
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 人口に対する積極的妨げは、もちろん、主としてスウドラ階級に、及び一切の階級から追放され町の中に住むことさえ許されないいっそう悲惨な人々に、主として落ちかかるであろう1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。
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 1)[#「1)」は縦中横] Sir Wm. Jones's Works, vol. iii. c. x. p. 390.
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 この人口部分に対しては、赤貧及び栄養不足の結果たる伝染病と、幼児の死亡とは、必然的に大きな暴威を振うであろう。そして無数のかかる不幸なる人々は、不作の時にはおそらく、社会の中流階級が著しい欠乏に少しも襲われぬうちに、一掃されるであろう。レイナル僧正は(何の典拠によってかは知らないが)、米が不作の時には、これらの貧乏な追放者の小屋に放火し、そして逃亡する住人は、生産物を少しも消費しないように、土地の所有者によつて射殺される、と云っている1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。
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 1)[#「1)」は縦中横] Hist. des Indes, tom. i. liv. i. p. 97. 8vo. 10 vols. Paris, 1795.
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 社会の中流及び上流階級のものすら、家族を養うことが困難であるために、またはその階級から下落することを恐れて、印度のある地方の人民は、多数の子供が生れないようにするために、極めて惨酷な手段をとるに至っている。ベナレス州の一地方ジュナポオルの辺境のある種族に、女児を殺す習慣のあることは、十分に証明されている。母親は彼らを餓死させるのを余儀なくされた。人々はかかる惨酷な習慣の理由として、その娘に適当な配偶者を得るには、非常な費用がかかることを挙げていた。これにはただ一つの例外の村があったが、そこには数人の老嬢がいた。
 かかる原則によれば当然に種族は永続し得ないということになるであろう。しかしこの一般原則に対する特殊の例外と他の種族との通婚が、種族維持の目的には十分であった。東印度会社はこれらの人民に、この非人道的な慣行を継続しないという約束を無理にさせたのである1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。
[#ここから2字下げ]
 1)[#「1)」は縦中横] Asiatic Researches, vol. iv. p. 354.
[#ここで字下げ終わり]
 マラバアル海岸地方では、ネイル族は正則の婚姻を行わず、そして相続権は兄弟の母に属するか、または姉妹の息子に属するが、それは子供の父は常に不確実ということになっているからである。
 婆羅門の間では、一人以上の兄弟がある揚合には、そのうち長兄のみが結婚する。かくして独身生活を送る弟達は、ネイル族風の結婚をせずに、ネイル族の女子と同棲する。長兄に息子がいない場合に、はじめて次兄が結婚する。
 ネイル族の間では、一人のネイル女子が二人または四人またはおそらくそれ以上の男性と契るのが習慣である。
 大工、鍛冶屋、その他の如き下層階級は、その上層者を模倣しているが、違うところは、血統に間隙が生ずるのを防ぐ目的で一人の女子に対する共同関係を兄弟及び血縁男子に限っている点である1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。
[#ここから2字下げ]
 1)[#「1)」は縦中横] Id. vol. v. p. 14.
[#ここで字下げ終わり]
 モンテスキウは、マラバアル海岸地方の、ネイル族のこの習慣に注目し、そしてこれを、この階級の者が兵士としてより[#「より」に傍点]自由にその職務の要求に応じ得るよう、その家族的紐帯を弱めんがために採用されたという過程に基いて、説明している。しかし私としては、特にこの習慣は他の階級もこれを採用しているのであるから、大家族から生ずる貧困の恐怖から発生したと考えるのが、より[#「より」に傍点]妥当であると考えたい1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。
[#ここから2字下げ]
 1)[#「1)」は縦中横] Esprit des Loix, liv. xvi. c. 5.
[#ここで字下げ終わり]
 西蔵に関するタアナアの記述によれば、この国ではこの種の習慣が一段に広く行かれている。タアナア氏は、これが起原の問題に絶対的な結論を与えようとはせずに、それは、瘠せた国にとり人口が過大になることを恐れて生じたものであるという、仮説をとっている。東方を広汎に旅行したのであるから、彼はおそらく、過剰人口より必然的に生ずる結果を観察するようになり、その結果としてこれらの結果を正しく看取する極めて少数の著者の一人となっているのである。彼はこの問題につき極めてはっきりと自見を述べているが、右の習慣に関して曰く、『瘠せた国における過剰の人口は一切の災難の中で最大のものでなけれぱならず、そして永久の闘争または永久の欠乏を生むことは確実である。社会の中で最も活動的な最も有能な部分が、移住して、運命の戦士または好運の商人となるか、しからざれば彼らが故国に留る場合には、彼らはその乏しい収穫にある不時の不作が起った結果として飢饉の餌食となるかの、いずれかを余儀なくされなければならぬ。かくの如くに家族全体を一緒に婚姻の絆に結びつけることによって、過度に急速な人口増加はおそらく妨げられ、そして、地球上における最も肥沃な地方にも拡がることが出来、また世界中で最も富んだ、最も生産的な、そして最も人口稠密な国にさえ最も非人道な最も不自然な慣行を発生せしめることの出来る、恐怖が防止されたのである。私はここに支那帝国を暗示するが、ここでは母親は、多人数の家
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