、及びその結果を隠蔽するための、術策の必要は、必然的に他の多くの罪悪に導くにおいてを[#「を」は底本では「お」]やである。
 人口に対する積極的妨げは極度に多種多様あり、そして、罪悪から起ろうと窮乏から起ろうと、何らかの程度において人間の天寿を短縮するに役立つあらゆる原因を含むものである。従ってこの部類の下には、一切の不健康な職業、過酷な労働や寒暑への暴露、極貧、子供の養育不十分、大都市、あらゆる種類の不節制、一切の普通の病気や伝染病、戦争、悪疫、及び飢饉が挙げられ得よう。
 私が予防的及び積極的妨げの部類の下に分類した人口の増加に対するこれらの障害を検討すると、それがすべて道徳的抑制、罪悪、及び窮乏になることがわかるであろう。
 予防的妨げの中、不正常な満足を伴わない結婚の抑制は、正当に、道徳的抑制1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]と名づけられ得よう。
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 1)[#「1)」は縦中横] 私がここで道徳的[#「道徳的」に傍点]という言葉をその最も限られた意味に用いていることがわかるであろう。道徳的抑制とは、慎慮的動機に発する結婚の抑制で、この抑制の期間中厳重に道徳的な行為を行うことを、意味するものと理解されたい。そして私は意識的にこういう意味から離れたことはないのである。その結果と関係のない結婚の抑制を云おうと思う時は、私はそれを、慎慮的抑制と呼ぶか、または予防的妨げの一部――たしかにこれは予防的妨げの主たる部分である――と呼んでいるのである。
 私は、各種の社会段階を通観しているところで、人口を防止する上において道徳的抑制に十分の重要性を認めていないといって、攻撃されている。しかしここで述べたところの、この言葉の限られた意味を観るならば、この点について私は大きな誤《あやま》ちは犯していないことがわかると思う。私が誤っているのなら私は非常に嬉しい(訳註――この註は第三版より現る)。
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 乱交、不自然な情欲、婚床の冒涜《ぼうとく》、私通の結果を隠蔽するための不当な術策は、明かに罪悪の部類に属する予防的妨げである。
 積極的妨げの中、自然法則から不可避的に起ると思われるものは、もっぱら窮乏と呼び得よう。そして、戦争、不節制、その他多くの吾々の力で避け得るものの如き、吾々が明かに自ら招来したものは、混合的性質を有っている。それは罪悪によってもたらされ、そしてその結果は窮乏である1)[#「1)」は縦中横、行右小書き、「1」が底本では欠落]。
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 1)[#「1)」は縦中横] 罪悪の一般的結果は窮乏であり、そしてこの結果が一行為が罪悪と呼ばれる正確な理由なのであるから、ここでは窮乏という言葉だけで十分であり、両者を用いるのは、余計なことだ、と思われるかもしれない。しかし罪悪という言葉を拒否すると、吾々の言葉と観念とに大きな混乱が起ることとなろう。吾々は特に、その一般的傾向が窮乏を生み出し、従って創造者の命と道徳論者の戒律によって禁ぜられている行為――もっともその直接のまたは個人的の結果においては、それはおそらくその正反対を生み出すであろうが――を、区別したいのである。吾々の一切の情欲の満足は、その直接の結果においては幸福であり、窮乏ではない。そして個人的な場合には、その遠い結果でさえ(少くともこの世においては)おそらく同じ名称の下に属するであろう。両当事者の幸福を増加ししかも何人をも害することなき、婦人とのある私通があったこともあろう。従ってかかる個人的行動は窮乏の部類の下に属することは出来ない。しかしそれでもなおそれは罪悪である、けだし明かな戒律を破る行動は、その個人的結果がどうあろうと、それが窮乏を生み出す一般的傾向ある故に、このように名づけられるのであるから。そして何人も、両性間の私通が社会の幸福を害する一般的傾向を疑うことは出来ない。
[#ここで字下げ終わり]
 これら一切の予防的並びに積極的妨げをまとめた合計が人口に対する直接的妨げをなすものである。そして全生殖力の発揮が許されないあらゆる国においては、予防的妨げと積極的妨げとは反比例的に動かなければならぬことは明かである。換言すれば、その原因の何たるを問わず、自然的に不健康であるか、または大きな死亡のある国では、予防的妨げはほとんど行われないであろう。反対に、自然的に健康であり、予防的妨げが大きな力で働いているのが見られる国では、積極的妨げはほとんど行われず、または死亡は極めて小であろう(訳註)。
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〔訳註〕このパラグラフ全部は第三版より現る。
[#ここで字下げ終わり]
 あらゆる国においては、これらの妨げのあるものは、その力の大小こそあれ、絶えず働いている。しかしそれが広く普及しているにもかかわらず、生活資料以上に増加せんとする人口の不断の努力のない国はほとんどない。この不断の努力は、同じく不断に、社会の下層階級を困窮に陥らしめ、その境遇の何らかの永久的大改善を妨げる傾向があるのである(訳註)。
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〔訳註〕これに該当する文が第一版にあることは、この前四つ目の訳註を参照。
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 かかる結果は(訳註)、社会の現状においては、次の如くして生み出されるように思われる。吾々はある国の生活資料が、その住民を容易に養うにちょうど等しいものと、仮定しよう。最も罪悪の多い社会ですら作用していることが見られる人口増加へ向かっての不断の努力は、生活資料が増加しないうちに人口を増加せしめる。従って、以前には一千百万を養った食物は今度は一千百五十万に分たれなければならぬ。貧民の生活はその結果としていっそう悪くならなければならず、そしてその多くは極貧に陥らなければならぬ。労働者の数もまた市場における仕事の比例以上になるので、労働の価格は下落する傾向がなければならず、他方食物の価格は同時に騰貴するであろう。従って労働者は、前に稼いだと同じだけを稼ぐために、より[#「より」に傍点]多くの仕事をしなければならぬ。この困窮期には、結婚の阻害と一家を養う困難とは極めて大となり、ために人口の増進は遅延させられるであろう。しかるに、労働の低廉と労働者の豊富と彼らが勤労を増加しなければならぬ必要とは、耕作者を奨励して、新地を開き既耕地をより[#「より」に傍点]完全に施肥し改良するために、より[#「より」に傍点]多くの労働をその土地に投ぜしめ、かくて遂に生活資料は人口に対して、出発点の時期と同じ比例となるであろう。労働者の境遇はこの時にはまたもかなりよくなり、人口に対する抑制はある程度緩められる。そして、短期間の後に、幸福に関しての同じ後退前進の運動が繰返されるのである。
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〔訳註〕本章のこれ以下の部分については、cf. 1st ed., ch. II., pp. 29 et seq.
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 この種の擺動はおそらく普通の人にははっきりと見えないであろう。そして最も注意深い観察者にとってすら、その時期を計ることは困難であろう。しかし、古国の大部分では、この種のある交替運動が、私がここに述べたよりは遥かに不明瞭かつ不規則ではあるが、存在することは、この問題を深く考察する思慮ある人のよく疑い得るところではないのである。
 この擺動が、当然予想されるほどは今まで述べられておらず、またそれほどはっきりは経験によって確かめられていない、一つの主要な理由は、吾々が所有する人類の歴史が一般に単に上流階級のみの歴史であるからである。吾々は、人類のうちでかかる後退前進の運動が主として起る部分の行状と習慣とについて、当てになる記述はたくさん有っていない。一つの民族、一つの時代につき、この種の満足な歴史をつくるためには、多数の注意深い観察者が、不断の細心の注意をもって、社会の下層階級の状態とそれに影響を及ぼした原因とに関する、地方的なまた一般的な記述を行うことが必要であろう。そしてこの問題に関して正確な推論をひき出すためには、かかる歴史家が数世紀に亙《わた》って続いて出ることが必要であろう。この方面の統計的知識は、近年、ある国々において取扱われている1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。そして吾々は、かかる研究の進歩から人類社会の内部構造をもっとはっきり知り得るに至ることを期待し得よう。しかしこの科学はなおその幼年期にあり、そしてそれに関する知識を得ることが望ましい諸題目の多くは、取扱われていないかまたは十分正確に述べてないかである。かかるものとして数え得るものとしては、結婚数に対する成年数の比例、結婚の抑制の結果として悪習が普及している程度、社会の最も困窮している部分の子供ともっと楽に暮している者の子供との死亡率の比較、真実労働価格の変動、一定の期間の異る時期における、安易と幸福とに関しての、社会の下層階級の境遇の、眼に見える相違、及びこの問題において最も重要なものたる出生、死亡、及び結婚の非常に正確な記録である。
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 1)[#「1)」は縦中横] サア・ジョン・シンクレイアが蘇格蘭《スコットランド》で配附した適切な質問と、彼がこの地方で集めた貴重な報告とは、彼に最高の名誉を与えるものであり、そしてこれらの報告は、永久に、この蘇格蘭《スコットランド》僧侶の学識、良智、教養の偉大な金字塔として残るであろう。隣接諸教区がこれと一緒になっていないのは遺憾なことであるが、もし一緒になっていたら、特定教区の状態を理解する上にも想起する上にも記憶に役立ったことであろう。この中にあらわれている反覆や前後矛盾する意見は、私の見解によれば、それほど非難するに当らない。けだしかかる調査の結果はいかなる個人の調査の結果よりも信頼し得るものであるからである。ある練達の士がかかる結果を引き出すとすれば、なるほど多くの貴重な時間は節約されるであろうが、その結果はそれほど満足なものではないであろう。もしこの仕事が附属的事項について若干手を加えられ、過去一五〇年に亙る正確完全な記録簿を含んでいたならば、それは測り知れぬ価値を有ち、そして一国の内部的状態に関し今まで世界にない完全な姿を表現したことであろう。しかしこの手を加えるという最後の最も重要な仕事は、いかに骨を折っても出来なかったことであろう。
[#ここで字下げ終わり]
 かかる細目を含んだ忠実な歴史があるならば、それは人口に対する不断の妨げがいかに働くかを大いに明かにする傾向を有ち、そしておそらく、上述の逆転進転の運動の存在を立証するであろう。もっともその振動の時期は多くの介在的原因によって必然的に不規則たらしめられざるを得ない。かかる原因とは、例えば、ある工業の興起または衰頽、農業の企業精神の普及の多少、年の豊凶、戦争、疾病流行期、貧民法、移民、その他類似の性質の諸原因が、それである。
 この擺動を普通の人の眼につかぬようにするにおそらく最も寄与した事情は、労働の名目価格と真実価格との相違である。労働の名目価格が普遍的に下落するというのはごく稀である。しかし、食料品の名目価格が徐々として騰貴して来ているのに労働の名目価格がしばしば依然同一であるという風な場合を、吾々はよく知っている。このことは実際、商工業の増大が、市場に投じ込まれる新らしい労働者を雇傭し、かつその供給の増加によって貨幣価格が低下するのを妨げるに、足るという場合には、一般的に起ることであろう1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。しかし、同一の貨幣労賃を受取る労働者数の増加は、必然的にその競争によって、穀物の貨幣価格を騰貴せしめるであろう(訳註1)。これは事実上労働の価格の真実下落であり、そしてこの期間中は、社会の下層階級の境遇は徐々として悪化して行かなければならぬ。しかし農業者と資本家とは、労働の真実低廉によって富んで行く。彼らの資本が増加するので、より[#「より」に傍点]多数の人間を雇傭し得るようになる。そして、人口はおそらく、一家
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