増加せんとする人類の不断の傾向を例証するであろう。かかる性質をもつある一般法則がなければ、世界に決して人間が住むようにはならなかったように思われるであろう。いそがしい活動の状態ではなく、懶惰《らんだ》の状態が、明かに人間の自然的状態であるように思われる。そしてこのいそがしい活動の志向は、必要という強力な刺戟がなければ生じ得なかったであろう。もっともそれは後になって、習慣や、それから作られる新しい連合や、進取の精神や、軍事的栄誉欲によって、持続されたということもあろうけれども。
 話によれば、アブラハムとロトとは家畜を非常に豊富に有っていたので、土地は二人を倶《とも》に居らしめることは出来なかった。そこで彼らの牧者の間に争いが生じた。そしてアブラハムはロトに分離を提議し、そして云った、『地は皆|爾《なんじ》の前にあるにあらずや。爾もし左にゆかば我右にゆかん。また爾もし右にゆかば我左にゆかん1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。』と。
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 1)[#「1)」は縦中横] 創世紀第十三章
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 この単純な言葉と提議とは、人間を全地球に散布し、時が進むにつれて、地球上の比較的不運な住民のある者を、抵抗し難い圧迫に追われつつ、アジア及びアフリカの燃え立つ沙漠や、シベリア及び北アフリカの氷結地方に、乏しい生活資料を求めるべく追いやった所の、活動の大発条を、見事に例証するものである。最初の移住は当然に、その土地の性質以外の障害は見出さなかったであろう。しかし地球の大部分が稀薄にせよ人が住むようになった時には、これらの地方の所有者は、闘争なしにはそれを譲ろうとはしなかったであろう。そして比較的中心地のいずれかの過剰な住民は、最も近い隣人を駆逐するか、または少くとも彼らの領土を通過しなければ、自分のために余地を見出すことが出来なかったが、これは必然的に頻々たる闘争を惹き起したことであろう(訳註)。
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〔訳註〕第三章の訳註の中に引用した第一版の文に続くパラグラフは次の如くである、――
『人類の次の状態たる牧畜民族の間に行われる行状や習慣については蒙昧状態のことよりもっとわからない。しかしこれら民族が生活資料の不足から生ずる窮乏の一般的運命を免れ得なかったことは、ヨオロッパや世界のあらゆる文明国が十分に説明している。スキチアの遊牧民を駆って、餌を尋ねる多数の餓狼の如くに、その生れ故郷を捨てさせたものは、欠乏に外ならなかった。このあくまでも強力な原因によって動かされて、(訳註――ここのところから二文は本章の後の方に再現する。その個所の訳註を参照。)雲霞の如き野蛮人は北半球のあらゆる地方から集ると見えた。彼らは進むにつれて新らしい暗黒と恐怖とを集め、その大群は遂にイタリアの太陽を覆い、全世界を永遠の暗黒に沈めたのである。世界中の文明国がかくも久しくまたかくも深刻にあまねく蒙ったこの恐るべき結果は、生活資料に比しての人口増加力の優越という簡単な原因に辿ることを得るであろう。』
 そしてこの次のパラグラフは次の語ではじまり、その後五つのパラグラフは大体第一版からの書き写しである。
『牧畜国は農業国ほど多数の住民を養うことが出来ないことは、周知のことである。けれども牧畜民族をしてかくも恐るべきものたらしめるものは、………』
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 ヨオロッパとアジアの中緯度地方は歴史の初期に牧畜民族によって占有されたように思われる。ツキヂデスは自分の意見として、彼れの時代においてヨオロッパとアジアの文明国は、結合したスキチア人に抵抗することが出来ない、と述べている。しかし牧畜国は農業国ほど多数の住民を養うことは出来ない。けれども牧畜民族をしてかくも恐るべきものたらしめるものは、彼らが一団となって移動する力を有ち、また彼らの畜群に新しい牧場を探すためにしばしばこの力を発揮しなければならぬ、ということである。家畜をたくさん有っている種族は即座の食物に豊富である。絶対的必要の際には親家畜さえ食うことが出来よう。女は狩猟民族よりも安楽に暮し、従ってより[#「より」に傍点]多産的である。男は、団結の力を得て気強くなり、また場所を変えればその家畜に牧場を与えることが出来ると信じているので、おそらく家族扶養上の心配はほとんど感じないであろう。これらの原因は合してまもなくその自然的不変的結果たる人口増加をもたらす。もっと頻繁な急速な場所の変更が必要となる。もっと大きなもっと広汎な土地が順次に占有される。より[#「より」に傍点]広大な荒廃が彼らの周囲に拡がって行く。欠乏はより[#「より」に傍点]不運な社会員を苦しめ、遂にはかかる人口を支持して行くの不可能は余りにも明かにして抗し難きものとなる。そこで若者達は親の仲間から追われ、彼ら自身の剣で新らしい土地を探検し、彼ら自身のためのより[#「より」に傍点]幸福な居所を獲得せよと教えられる。
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『世界はすべて彼らのえらぶがままにまかされた。』
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 現在の困窮にせき立てられ、より[#「より」に傍点]明るい将来の希望に輝き、そして敢為進取の精神に駆り立てられて、これらの勇敢な冒険者は、これに抗するあらゆる者にとり恐るべき敵となりがちである。平和な商業や農業に従事している、久しく定住された国の住民は、かかる有力な行動の動機に促されている人間の力にしばしば抗し得なかったことであろう。そして彼らと同一の境遇にある種族との頻々たる闘争は、いずれも生存のための闘争に外ならないのであり、従って、敗北の罰は死であり勝利の賞は生であるという反省に促されて、決死的な勇気をもって戦われたことであろう。
 かかる蒙昧な闘争において、多くの種族は完全に絶滅したに違いない。多くのものはおそらく困苦と飢饉とで死滅したことであろう。しかし指導者がもっとよい指導をした他の種族は、大きな有力な種族となり、そしてみずから他に居所を求める新しい冒険者を送り出した。これらのものは最初は親の種族に恭順を致したことであろう。しかしまもなく彼らを結ぶ紐帯はほとんどなくなり、そしてその力、その野心、またはその便宜の支持するところに従って、友誼関係を持続しまたは敵となった。
 余地と食物とを求めるこの不断の闘争によって起る莫大な人命の浪費は、不断の移住の習慣によってある程度自由に発揮されつつある有力な人口増加力によって補われる以上のものであったであろう。場所の変更によりその境遇を改善しようという一般の希望、掠奪に対する不断の期待、困窮した場合にはその子供を奴隷に売ることが出来るということは、野蛮人の生れながらの不用意と相俟って、後に至って飢饉と戦争により圧縮することになる人口を作り出すにすべて役立つことであろう。
 より[#「より」に傍点]肥沃な地方を所有する種族は、それを不断の戦争によって獲得し維持したのであろうけれども、生活資料の増加によりその人口と力とを急速に増加し、遂には支那の辺境よりバルチック海沿岸に至る全領域は、かの勇敢、強壮、進取的な、艱難に馴れ、戦を好む、各種の野蛮人の種族の占拠するところとなった1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。ヨオロッパ及びアジアの種々なる定着国家は、その優れた人口と優れた技術により、その破壊的集団に対する突破し難い障壁を設けることは出来たが、彼らは相互の間の闘争によってその過剰人口を浪費した。しかし定住的国家の弱点、またはこれらの放浪的種族の多くの一時的結合が、彼らに優越権を与えるや否や、暴風は地球上の最も美しい地方に狂い、そして支那、ペルシア、エジプト、イタリアは、時を異にして、この野蛮人の洪水に蹂躪されたのである。
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 1)[#「1)」は縦中横] 大韃靼民族の各種の分岐、分裂、及び争闘は、Genealogical History of the Tartars by the Khan Abul Ghazi (translated into English from the French, with additions, in 2 vols. 8vo.) に面白く述べてある。しかしすべての歴史の不幸は、少数の王侯や指揮者の特殊の動機はその様々の野望的企図において時に正確に詳述されているけれども、彼らの旗幟の下に自ら望める追随者を蝟集《いしゅう》せしめた原因は、しばしば全く看過されている、という事実である。
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 以下の記述は、ロウマ帝国の没落で有力に例証される。ヨオロッパ北部の牧畜民は、久しい間、ロウマの武器の力とロウマの名前の恐怖とで、阻止されていた。新しい植民地を求めるサンブリ族の恐るべき侵入は、五執政官の軍隊を撃破したので名を得たが、遂にはその勝利の進軍は結局マリウスによって食い止められた。そしてこの野蛮人は、この有力な植民者のほとんど完全な絶滅によって、その軽率を後悔せざるをえなかった1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。ユリウス・ケイザル、ドルスス、チベリウス、ゲルマニクスの名は、彼らの心にその同胞の殺戮によって印象され、引続きロウマの領土に侵入することを恐れさせた。しかし彼らは討滅されたというよりもむしろ征服されたのであった2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]。そして彼らが送り出した軍隊や植民者は殺されるかその故郷に追い帰されるかしたが、しかし大ゲルマン民族の力は依然として害されず、自らのためにその剣によって活路を打開し得る所へは、どこへでも絶えず引続いてその剛気な子孫を送り出す準備を整えていた。力弱いデキウス、ガッルス、エミリアヌス、ヴァレリアン、ガリエヌスの治世は、かかる活路を与え、その結果として野蛮人の一般的侵入を蒙った。数ヶ年間にスカンジナヴィアからユウジンに移住したと想像されるゴオト族は、年々貢納を納めるということでその戦勝軍を撤退することに同意した。しかしロウマ帝国の富と弱点との危険な秘密が、かくして世界に暴露されるや否や、新らしい野蛮人の群は、ただちに辺境地方に荒廃の手を拡げ、そしてロウマの入口までも恐怖を蔓延させた3)[#「3)」は縦中横、行右小書き]。フランク族、アレマニ族、ゴオト族、及びこれら一般的名称に含まれている、もっと小さな種族の冒険者は、急流の如く帝国の各地方に乱入した。掠奪と圧制とは現在の生産物と将来の収穫の希望とを破壊した。長い一般的な飢饉に次いで消耗性の悪疫が起り、これは十五年間、ロウマ帝国の各市各州を蹂躪した。そしてある地方の死亡率から判断して、数年にして、戦争、流行病、及び飢饉は人口の半ばを奪い去ったものと考えられた4)[#「4)」は縦中横、行右小書き]。しかも移住の潮は依然北部から時々猛然とやって来た。そして相継ぐ武勇の皇子は、先代の不運を恢復し、帝国没落の運命を阻止するために、ヘルクレスの苦難をなしとげて帝国の領土を野蛮人の侵入から守らなければならなかった。二五〇年及びその後数年、海陸両路から帝国を蹂躪し種々成功を収めたゴオト族は、遂にその冒険部隊のほとんど全部を失ったけれども5)[#「5)」は縦中横、行右小書き]、二六九年には、植民の目的をもって、妻子を伴う莫大な数の移住民を送り出した6)[#「6)」は縦中横、行右小書き]。最初には三二〇、〇〇〇の野蛮人から成ると云われた7)[#「7)」は縦中横、行右小書き]この恐るべき一団は、遂にはクラウディウス帝の武力と智力によって撃破され追い散らされた。その後継者アウレリアンは、そのウクライナの植民地から出て来た同じ名の新集団と戦いこれを滅した。しかし暗黙の平和条件の一つには、彼はダシヤからロウマ軍を撤退し、この広大な州をゴオト族とヴァンダル族とに委ねなければならぬ、とあった8)[#「8)」は縦中横、行右小書き]。その後まもなく、アレマニ族の新らしいはなはだ恐るべき侵入が世界の覇権奪取の脅威を与え、アウレリアンは三度の大規模な血腥い戦闘を行った後、ようやくにしてこの破壊的
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