アれらの奴隷の労働は、非常に大きな人口を養うに足るほど十分には農業に向けられなかったことがわかる。領土の若干について事情はどうであったとしても、イタリアにおける農業の衰退は一般に認められているように思われる。無償で人民の間に分配するために多量の穀物を輸入する有害な慣習は、人民に大打撃を与えたが、その打撃からは人民はその後決して恢復することは出来なかった。ヒュウムは曰く、『以前には穀物を輸出していたイタリアが日々のパンのために全属領に依存しなければならなくなったことを、ロウマの学者達が喞《かこ》った時に、彼らはこの変化を決してその住民の増加には帰さず、耕耘及び農業の放棄に帰したのである1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]、』と。更に他の場所で彼は曰く、『すべての古代の著者は、遠隔な諸州、殊にシリア、キリキア、カパドキア、小アジア、トラキア、及びエジプトから、イタリアへと、不断の奴隷の流入があったことを、吾々に物語っているが、しかしイタリアでは人口は増加せず、そして著者達は勤労と農業の不断の衰退を喞っているのである2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]。』と。トラヤヌス帝及びアントニヌス
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