サア・ジョオジ・スタウントンは、何事であれ強力に推奨され一般に実行されるものは、遂には一種の宗教的義務として考えられるに至るものであり、従って支那では、将来の家族を養う見込みが少しでもありさえすれば、結婚はかかる宗教的義務として常に行われる、と述べている。しかしながら、この見込みは常に必ずしも実現されず、その場合には、子供はそのあわれな両親に遺棄される1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。しかし両親が子供をかくの如く遺棄することを許されるという事実ですらが、疑いもなく、結婚を容易にし人口増加を奨励する傾向をもつこととなるのである。すなわちこの最後の手段が前もって考慮に入っているから、結婚することはそれほど恐れられていないし、そして親たるの感情が働くので、常に、最もひどい必要に迫られた場合を除き、かかる手段は避けることとなるであろう。その上、子供達特に息子達はその両親を養う義務があるのであるから2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]、貧乏人にとっては結婚は慎慮に発する手段なのである。
[#ここから2字下げ]
1)[#「1)」は縦中横] Embassy to China, vol.
前へ
次へ
全389ページ中326ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
マルサス トマス・ロバート の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング