A曰く、『北京の諸々の教会堂で、この種の子供で洗礼をうけるものの数が、五、六千を算せぬ年は、滅多にない。この数は、吾々の維持し得る牧師の数によって多くもなれば少くもなる。もし吾々が十分の数を有っていれば、彼らの仕事は、遺棄されて死に瀕している嬰児の世話にのみ限られる必要はない。彼らにとってその熱意を発揮すべき機会は他にもあろうし、なかんずく天然痘や伝染病が信じられぬほどの数の子供を奪い去る時期において然りである1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。』実際、下層階級の人々の極端な窮乏によって、その両親があらゆる困難をおかして育てようと企てる子供の大部分を殺してしまう傾向のある疾病が生み出されぬと想像することは、ほとんど不可能である。
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 1)[#「1)」は縦中横] Lettres Edif. tom. xix. p. 100.
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 実際に遺棄される子供の数に関しては、ほんの推測をしてみることすら困難である。しかしもし支那人の著述者自身を信頼するならば、この慣行はごく一般的であるに違いない。政府は、たびたびこれを止めようと企てたが、しかし常に失敗に終った。人道と叡智とをもって聞えたある宦官の著わした前記の教訓書では、自己の管区に捨児養育院を設置することが提議されており、また今日では廃止されている同種の昔の施設1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]のことが述べてある。この書物には、頻々たる小児遺棄と、それを促す恐るべき貧困とが詳しく述べてある。彼は曰く、『吾々は、彼ら自身の子供に必要な養分を与え得ないほど貧しい人民を見る。かくも多数を彼らが遺棄するのはこの故なのである。帝都や省の首府や最も商業殷賑な箇所においてその数は最も著しいが、しかしそれほど人の繁くない地方や田舎においてすら、多くの遺棄が見られる。都市では家屋が密集しているので、この慣行はいっそう目につくが、しかし到るところでかかる憐れな不幸な子供は救助を必要としているのである2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]。』
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 1)[#「1)」は縦中横] Ibid. p. 110.
 2)[#「2)」は縦中横] Id. p. 111.
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 同書には、小児の溺殺を禁止する勅令の一部が次の如く載っている、『生れたばかりのいたいけな嬰児が無慈悲にも波に投ぜられる時、生の享受がはじまるや否や直ちにそれが失われる時、母は生を与え、子は生を受けたと云い得ようか。両親の貧困がこの罪の原因である。彼らは自らを養うに足るものすらほとんど持たず、いわんや子守に支払いかつ子供の養育に必要な費用をととのえることはいっそう出来ない。かくて彼らは絶望に陥る。一人を生かさんがために二人が苦しむに耐えずして、夫の生命を保たんがために、母はその子供を犠牲とするに同意する。しかしながら親たるの感情にとり極めてつらいものであるが、しかし終には意を決し、そして彼ら自身の生命を延ばすためにその子供の生命を断つのは止むを得ないと考えるのである。もし彼らがその子供を秘密の場所に遺棄するならば、嬰児の泣声は彼らの憐愍の情をかき立てるであろう。そこで彼らはどうするか。彼らはこれを川の流れに投じ、もって直ちにその姿が見えなくなり、またそれが即座に一切の生命の機会を失うようにするのである1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。』
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 1)[#「1)」は縦中横] Id. p. 124.
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 かかる記述は、殺児の一般的流行に関する最も信憑すべき文献であるように思われる。
 サア・ジョウジ・スタウントンは、彼が集め得た最良の情報からして、北京において年々遺棄される子供の数は約二千であると云っている1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。しかしこの数は年によって甚だしく変動し、そして季節の豊凶に依存すること極めて大であるに違いなかろう。ある大きな伝染病や破壊的な飢饉の後には、その数はおそらく極めて小であろう。稠密な人口に戻れば、それが徐々として増加すべきことは当然である。そして平均生産物が既に過剰人口を養うに足りないという時期に不作が生じた時にそれは疑いもなく最大である。
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 1)[#「1)」は縦中横] Embassy to China, vol. ii. p. 159.
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 かかる不作は稀ではないようであり、そしてそれに伴う飢饉が、おそらく、支那人口に対する一切の積極的妨げの中で最も有力なものである。もっともある時代においては、戦争及び内乱による積極的妨げは小さなものではなかった1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。支那王国の年代記には、飢饉のことがしばし
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