オかしながら、私は、故国における食物その他諸事情の緊迫に促されなければ、北方諸民族は決して遠征を企てなかった、というものと考えられたくない。マレエは、これはおそらく本当のことであろうが、毎年暮になると何の方面に向かって戦争をするかを相談するために会議を開くのが彼らの習慣であった、と云っている1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。そしてかくも強い好戦欲を涵養《かんよう》し、最強者の権利は神の権利なりと考える人民の間では、戦争の機会に不足することは決してなかったであろう。この純粋な、利害を超越した戦争と冒険の愛好心の外に、時には、内乱、戦勝敵国の圧迫、より[#「より」に傍点]温暖な気候への憧れ、またはその他の原因が、移住を促したことであろう。しかしこの問題を概観するに、私は、この時代をもって、人口原理の極めて顕著な例証を与えるものと考えざるを得ない。この原理たるや、ロウマ帝国を覆えし、後にはデンマアク及びノルウェイの人口稀薄な国から溢れ出でつつ二百年以上の間ヨオロッパの大部分を荒廃し蹂躪したところの、矢継早の冒険者の侵入と移住の、本来の衝動と行動の発条を与え、消尽し得ざる源泉を供しかつしばしばその直接的原因を作ったものである、と私には思われるのである。アメリカ合衆国におけるとほとんど同じほどの大いさの人口増加の傾向を想定することなくしては、この事実は私には説明し得ないように思われる2)[#「2)」は縦中横、行右小書き]。そしてかかる想定をすれば、吾々はかかる野蛮時代を特徴づけている不断の戦争と莫大な人命の浪費とに関する不快な詳録を読んだ時に、その実際の人口に対する妨げを指摘するに当惑することはないのである。
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1)[#「1)」は縦中横] Hist. Dan. c. ix. p. 209.
2)[#「2)」は縦中横] ギボン、ロバトスン、及びマレエはいずれも次におけるヨルナンデスの 〔Vagina^ nationum〕 という用語は不正確で誇大であると解しているように見える。しかし私にはこれは適言であると思われる。もっとももう一つの 〔officina^ gentium〕 という用語は、少くともその訳語 storehouse of nations は、正確ではない。
『スカンジアの島から、民族の貯蔵所(〔officina^ gentium〕)またはむしろ民族の箱(〔Vagina^ nationum〕)から出て来た。』Jornandes de Rebus Geticis, p. 83.
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これより小さな妨げは疑いもなく共在したことであろう。しかし吾々は、ヨオロッパの北方の牧畜民の間では、戦争と飢饉とが、その人口を彼らの貧弱な生活資料の水準に抑止した主たる妨げである、と云って、間違いがないであろう。
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第七章 近代牧畜民族における人口に対する妨げについて
アジアの牧畜種族は、一定の住居を有たずに天幕と持ち運びの出来る小屋に住んでいるので、ヨオロッパの北方の牧畜民よりもいっそう土地との関係がうすい。生粋の韃靼人の故郷は野営であって土壌ではない。ある地域の牧草が尽きると、この種族は規則的に新らしい放牧地へと進んで行く。夏には北に進み、冬にはまたも南へ戻って来る。かくて彼らは最も平和な時に、戦争の最も困難な作業の一つに関する実際的な周知の知識を獲得する。かかる習慣は、これら放浪種族の間に移住及び征服の精神を普及せしめる強い傾向をもつであろう。掠奪の渇望、有力に過ぎる近隣者に対する恐怖、または放牧地の少いという不便は、あらゆる時代において、スキチアの諸集団を駆って、大胆にも、より[#「より」に傍点]豊富な生活資料またはより[#「より」に傍点]弱い敵を見出す希望を有ち得べき未知の国へと、進出せしめるに足る原因であった1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。
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1)[#「1)」は縦中横] Gibbon, vol. iv. c. xxvi. p. 348.
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スキチアの牧畜民は、そのあらゆる侵入において、しかしなかんずく南方の文明諸帝国に侵入する際には、常に最も凶暴な破壊的な精神を発揮した。蒙古人が支那の北部諸州を征服した時に、冷静慎重な会議を開いて、この人口稠密な国の住民を全部絶滅し、空いた土地を家畜の牧場に変えようという提議が行われた。この恐るべき計画の実行は、支那宦官の智能と決心とによって防止された1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。しかしこの計画だけでも、征服者の権利の非人道的な濫用法と、牧畜民における強い習慣の力、従ってまた牧畜状態から農業状態への推移の困難を、はっきりと示すものである。
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