式であるとともに我々日本人の口にあうように、またその最上の美味を出すためには、一通りならず苦心した。まず問題は米であった。カリーに用いる米はカリーの汁をかけるとすうっと綺麗に平均して、よく浸み透るのでなくてはならない。初めは本場の印度から取り寄せて見たが、一斤(約三合)五十銭につき、見た眼にはじつに美事であったが、その味は日本人に向かなかった。
そこで、先に新兵衛餅を教えてもらった畑中氏をまたまた煩わすと、氏はカリーに最も適当する白目という米のあることを教えてくれた。
『維新前、江戸は美食を競うところであって、ことに各藩の勘定方など、価の高下を問わず美味三昧を誇りとしたものであるが、この人たちは好んでこの白目米を用い、また一流の鳥料理、鰻屋にはぜひともなくてならぬ米であったから、他の一等米に比しておよそ三割方の高価であったが、毎年三千俵の売行きがあったものだ。維新とともにそういう微妙な舌の持主は落魄し、にわかに粗野な地方人の天下となったのであるから、爾来白目米を味わい分ける者もなく、今日では僅かに当時の百分の一くらいが用いられるだけで、それすら年々減少する傾あり、この珍品白目米も遠か
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