和六年に三越が十倍の三十五万円で買い受け、そこに現在の支店が建設されたのである。

    賃餅の予約と新兵衛餅

 新宿に移って二年目、現在の場所を手に入れた私は、裏の空地に製造場も出来たので、これまではパン一式であったが、ここで一つ日本菓子の製造を始めようと思い立った。パンだけでは商いがあまりに細く、夏忙しい代りに冬閑散で、早くいえば商売にむらがある。そこでパンとは反対に、冬忙しく夏閑散な日本菓子を持って来て、互いに長短相補おうというのであって、これが具合よく行けば中村屋の経営は初めて合理化するのであった。
 しかし日本菓子は私にとり未経験であると同時に、お得意の方でもパン屋が急に日本菓子を売り出して買って頂けるものかどうか、これは少し難かしい問題であった。
 で、何とか一工夫して中村屋の新たに製造して売り出す日本菓子は、特に材料を精選した優良品であるということを、お得意に知ってもらわなくてはならぬと思い、そこで思いついたのが歳末の賃餅であった。上等の餅を勉強して売り出せば、それが機縁になって日本菓子のお得意が得られる。私はこう思うたので、餅米はどんなものを選ぶべきか、幸いこれには
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