それを造り出した。しかも食べくらべて見ると、村上のよりも美味しいくらいの出来であった。
私は大いに喜んだ。これでこそ中村屋も恥かしくない、中村屋ファンのかねての信望にも報いることが出来るのであった。早速それを製造して売り出した。お待ちかねの学生さんたちも『これはいっそう上等だ、よく出来た』と言って喜び、友人たちにも大いに吹聴してくれた。店はいっそう売れるようになった。
さてこの長束実は、中村屋が私のものになった最初に入店したもので、まだ小僧であったが、常から真面目で勤勉で研究心に富み、じつに感心な少年であった。果たして今度そういう手柄をしたのであるから、私はこれこそ表彰して他の店員の模範とすべきだと考え、賞与として長く記念に残るようにと銀時計を買って与えた。むろん店はじまって最初のことであった。純情な長束少年はこれを非常な光栄と感じ、いっそう仕事を励むとともにその時計を大切にして、つい数年前死去するまで、約三十年というもの、肌身離さず愛用し、死んで行く枕元にさえちゃんと飾っていたほどであった。
しかし後になって考えると、この銀時計を彼にのみ与えたことは私の大きな過失であった。フラ
前へ
次へ
全236ページ中30ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
相馬 黒光 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング