なデコレーションを施し、これが暮の街のショーウィンドーの王座を占めるようになったと同じであります。そしてこのクリスト教とともに欧米の文化を取り入れ、それに心酔するようになってから、我々はいつとはなしに釈尊降誕の日を忘れ、クリスマスにばかり力を入れるようになり、まことに遺憾なことであります。ことに東京でこの傾向が甚だしいのです。
 そこで私は今一度お釈迦様の誕生日を思い出し、全国に釈迦降誕会の行事を復活させたいと思い、昭和三年初めて降誕会を兼ねて、我が中村屋で花祭りをすることにしたのです。そして幼い頃の釈迦だんごを思い出し、さらに新しい工夫を加えて、現在行われている釈迦だんごを作り、中村屋考案の供物としました。ボース氏の母国印度で行われる「シガラ」「パイエス」等も新製して供物とし、おとくいにも提供することになりました。
 毎年花祭りの頃、店でお祭りする降誕仏は大内青圃氏に託して製作したものです。故渡辺海旭師にお願いして厳粛に開眼の式を行い、供養をしました。供養の時には製作者青圃氏と令兄青坡氏、相馬家一同列席し、大導師渡辺師はじつに敬虔なる態度をもって、献香読経をして下さいましたが、居なら
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