たから、その時分もう三十になっていました。生国は越後で眼に一丁字もない無学文盲でしたけれども、性来の利発もの、お世辞はないが実直でなかなかたのもしい女でした。私は女中を呼び捨てにしたことはなかったのです。必ず誰さんと呼び、今でも子供たちにもそうさせています。
私はこのおはつさんを師匠として、店に来て下さるお客様への接しようから水引の掛け方、パンの扱い方など、何から何まで教わりました。お客様の顔を見るとすぐ『いらっしゃい』と、元気よく一種のアクセントをつけて迎えるのですが、新米の者にはこれがなかなか出て来ないもので、私が困っていると陰からおはつさんが『いらっしゃあい』と早速助けてくれたものです。
おはつさんは馴れない主人を侮らずに大切にしてくれるとともに、職人や小僧(その時分は小僧といいました)たちにもちょうど弟か子供にするような態度で、それは親切に世話をしました。よくないと思うことは黙っていないで叱りました。朝二階を片付ける時、小僧が寝ている間に粗忽して蒲団を濡らしていることがあり、おはつさんはそれを見ると私に知れないよう、また朋輩に見られて顔をあかめないで済むよう、自分でそっと始
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