の後発展に伴うて一人二人と増し、だんだんふえて、ことに昭和四年頃からは年々三月の卒業期に二十人以上の少年店員を迎えることになって、創業三十七年の今年は二百七十人の多勢となり、この大勢の店員諸君が常に緊張して忙しい店を維持し、店の進展に伴って各自その全能力を発揮せんとして努めているのであって、最年少の新入店者に至るまで私はこれを自分と同じく商業に志す同志として迎え、かく多くのよき同志を得たことを常に感謝している次第である。
 さて諸君はことごとく我らのよき同志であるが、一面また「使う人と使われる人」の関係におかれているのであって、世上この「使う人と使われる人」の間ほど難かしいものはなく、ことにこの頃は時代の進歩につれて後から後からと新しい問題が提示されるのであって、主人としての責任は重く、我らは心を尽して諸君とともに万あやまりなきを期せねばならない。
 それゆえ自分は平常他人の話にも注意し、良きにつけ悪しきにつけ参考とすることを怠らないのであるが、一昨年米国を視察して帰られた藤原銀次郎氏のお話には、一方ならず興味を惹かれた。氏は米国においていろいろの会社の執務振りなども見て来られたが、米国の諸会社では、同程度の我が日本の会社の三分の一くらいの小人数で仕事をしているというお話であった。
 私はこれを聞いて考えた。日本の会社でアメリカの会社の三倍の人数を必要とするというのは、何に原因するのであるか。もし日本人の能率が米国人の能率の三分の一しかないのだとすれば、我ら日本人の将来はまことに憂うべきものである。しかし私はだんだんと調査して見たが、日本人の能率が米国人に比して劣っているとは思われない。劣っていないばかりか、彼より一段立ち勝っていると信じられるのである。それは彼の地における我が移民の活動に見ても、また人絹綿糸などで日本が英米を圧する勢いにあるのを見ても、すでに日本人の優秀さは充分立証されているのである。現にフォード会社の横浜における組立工場で、日本人の働きは、米国における同じ組立工場に比して、一割方も立ち勝ると聞いている。それが諸会社の使用人のみに逆の傾向を示すのは何故か。私はここに事業を行う者、またはそれに参加する者の大いに反省せねばならぬものを見るのである。
 聞くところによれば米国の会社では、重役が他の会社の重役を兼ねることはきわめて少なく、専心一つの業に当り、自ら使用人の先に立って働くという。その他大学の総長さんなどでも、自ら第一線に立っていっさいの用事を仲介なしで裁決するということである。
 これに反し日本の会社の重役なるものの中には、その資本力に任せて有利の事業と見れば八方に手を出し、一つの体で多くの会社の重役を兼ね、実際の働きにこれというものもなく、高級の自動車をあれからこれにと乗りまわして巨額の報酬を得ているものが多いのである。しかも使用人の俸給は著しく安いので彼らは内心不満なきを得ず、したがって責任を感ずることも薄く、仕事に対する態度も弛緩して人一人の持つ能力が発揮されていない。加うるに俸給が少ないため内職等に精力を消耗するので、これらが原因となって三倍もの人数を必要とすることになるのである。
 我が中村屋は一人一業の主義に基づき、全員緊張して仕事に当り、不平不満なく業を楽しむの域に近づいた結果、その能率いささか誇るに足るものがある。従来の菓子職人、特に日本菓子の人々は徳川時代よりの一種の悪習慣に禍いされて、半ば遊び半ば働くというふうであるから、彼ら一人の製造能率は一日十五円内外、二十円に達することは稀れであるが、我が中村屋の職人は一人一日平均五十円に達し、歳末や四月の花見時の如き繁忙の際には七十五円にも及ぶことがある。また我が喫茶部の成績も一ヶ年を通じて一人当り一日二十一円と記録され、丸の内のある有名なレストランの一日の売上げ八百五十円を百二十人で働いているのに対比し、ちょうど三倍となっている。私はこの体験よりして我々日本人の能率は米国人のそれに劣るものでないことを自信し、甚だ愉快に感ずる。

    少年店員の採用とその待遇法

 中村屋は毎年三月に少年店員を募集し、高等小学を卒業する少年を、直接親たちの手から引き受ける方針を取って来ている。むろん高等の教育を受けた青年の入店希望者もすこぶる多く、中等学校卒業者はもとより大学の商科その他の学府を出た人々もあり、ことにそれら高等教育を受けた人々の入店希望にはそれぞれ事情があって、特に頼み込まれる場合が多いのであるが、これまでの経験によると、だいたいとして長く学校生活をした人は店務には適せぬものが多い。もともとそれらの人々は官吏か大会社の社員になることを志望し、必死の努力で受験難を突破して学校に入り、ようやく卒業してみると意外の就職難でやむを得ず方針を変え、あ
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