らず種切れとなる恐れがある』と。
私は畑中氏からこれを聴いて、我が中村屋のカリー・ライスのためにぜひともこれを復興させねばならぬと感じ、早速産地埼玉県庁に照会して、時の産業課長近藤氏の賛助を得、農会長の肝いりで十二人の老農を選択してもらい、一等米より二割高で引き取ることを約束して、白目米三百俵の栽培を頼んだ。これが現在中村屋のカリー・ライスに用いている米である。明治初年、文人画家として令名のあった奥村晴湖女史は、古河藩の家老の娘として生れ、一生を美食で通したというが、女史は白目以外の米は口にしなかったそうで、実際白目米には他のいかなる米も及ばぬ味がある。私はこういう良い米を復興し保存し得たことをよろこんでいる。
次はカリー・ライスの鶏肉、いかにして良き鶏肉を得るかということであった。私は欧州視察中パリの食料品市場を見て、鶏肉に大変な価格の開きのあることを発見した。下等品と最上品では一と四の割合であった。私は日本ではせいぜい一と二ぐらいの違いであったと思っていたから、フランス人がそこまで肉の優劣を味わい分けるのに感服し、帰朝の上は自分もフランスに劣らぬ優良鶏肉を作り出し、中村屋のカリー・ライスを一段と向上させなければならぬと考えた。しかしそういう知識の全くない私のことである。どうすれば最上の肉が得られるか、見当もつかない。よく肥えた最上の肉を納入せよと鳥屋に命じるだけであって、それ以上立ち入ることが出来なかった。するとある日一人のお客様が私に対して、
『お店のカリー・ライスはじつに美味しいが、惜しいことには肉がなってませんね』
さてはと思って私はなおくわしく肉の批評を乞うと、
『この肉は鶏舎飼いの鳥で、普通品です』
『いや、優等の肉の筈です』
と私が答えると、
『色が白くて、やわらかで味のないのが鶏舎飼いの証拠ですよ。上等の地どりなら色が赤くてもっと締って、味もはるかに優っている筈です』
そこで私は鳥屋を呼んで、
『最優良品という条件で、値も高く買っているのに、鶏舎飼いを納めるとは怪しからんではないか』
と詰問した。すると鳥屋は恐縮して、
『毎日これほど多数お使いになるのですから、地どりの上等だけで取り揃えることは困難なのです。時には御註文だけ揃わないことがあって、致し方なく普通品の中から上等のものを選んで混ぜることにもなりますが、どうか御辛抱を』
と
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