の実際

 明治三十四年、書生上がりの我ら夫婦、本郷帝国大学正門前にパン屋開業、書生パン屋の名四方に広まるにつけ、地方より出て東京にて商売を営まんとする人の相談や問い合せが殺到し、一々返答を認めるの煩に堪えず。すなわち夫婦共著にて「田舎人の見たる東京の商業」を出版し、回答代りに贈呈したものであって、今や手元に一冊を止むるのみ、もとより数十年前の旧著なれども、我らの観る処今日においても甚しき径庭なく、小売店経営の参考には最も適切なりと信ずるとともに、鶏肋自ら棄てがたきものあるをもって採録することにした。

    序

 本書は決して金持になる秘決を説いたものではない。また我々は田舎出のしかも書生なりであって、いまだ研究の浅きものであるから、東京の実業界の真相を穿ったものだということも出来ない。ただ自ら実験してこの目に触れた所の範囲内においていささか心付いたことを書いただけのことである、ゆえにきわめて眼界の狭いものであることをあらかじめ御断りしなければならない。要するに良心に恥じず、独立独行誰の干渉をも受けずして、ただ自らの手足を働かせ、額に汗してもって得た所のいわゆる労働に対する相当の
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