貧弱で具合が悪い、それが常に身につけている日本服なら、羽織袴でもつけると多少がっしり[#「がっしり」に傍点]として大きくも見える。そこで私は「やはり日本人は日本服にかぎる」と決心して、日本服で出かけたのでありました。
最初は船でした。日本人は五十三人も居られましたが、皆洋服で日本服は私一人、それで私はいっさい日本語のみを使い、朝などは西洋人であろうが、支那人であろうが、かまわずに「おはようおはよう」と挨拶したところ、初め不思議がって居たその人々だんだん慣れて来て向うから「オハヨー」とやるようになったので、同船の日本人は非常に嬉しがり、また永年船に乗って居るボーイ等の喜び方は特別でした。
そのうち、熱帯のシンガポール辺に来た時には、日本人の船客中にも「やはり暑い時には日本服にかぎりますなあ」など云って、トランクの中から和服を出して着るようになった。
そうすると外国婦人なども羽織のようなものや、中には職人の着るハッピのようなものを着出して、しまいに船の上は日本服万歳となりました。
それで船の上が日本服と日本語が盛んになって、日本人が元気になり、船中の空気が陽気になりました。初めは外
前へ
次へ
全330ページ中242ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
相馬 愛蔵 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング