で、強く主張もせずに居たところ、一行中の須川氏という九大の教授一人だけ、東京で常に所々のパンを試食して居て「たしかに中村屋のパンや小石川関口のパンの方がうまい」と賛成された。
そういうことのあった翌日、一同連れ立って有名なエスカルゴー料理という蝸牛の料理を食べに行ったとき、その店で出したパンは実に色も白く美味なものであったので、今まで食べていたパンが有名なフランスパンなるものでないことが分った。
その後パンの粗悪なことについてフランス人に話したところ、
「パンの悪いことはもっともです。欧州大戦前までは巴里のパンは世界的に有名なものであったが、戦後政府は一般国民の生活を安易にするために、パンの価格を一定して、一キログラム(当時の日本価二十銭)二・二フランに限定したので、パン製造家は優良品を製造することが出来ず、従って粗悪なパンを造っているので、戦前のパンに比較するととても粗悪であるが、戦時中のパンよりは上等である」という説明であった。そこで中村屋のパンはフランスのパンより上等であり、上等なフランスパンにも決して劣らないとの確信を得た。
和気あいあいが信条
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