の記者は神経衰弱に罹りました。私は社長に向かい、あまり過度に働かせた故だと責めますと、竹沢氏は意外な面持ちで、「彼は僕の三分の一くらいより働かないのに、過労などとは解せられませんね」と、それでも医師は過労より来た神経衰弱と診断しました。こんなふうに非凡の自身と普通人との相違を忘れては人を使用することは出来ません。多勢の中にはその非凡な者もいるとしても、やはり多人数を使う場合は、その標準を普通人におくべきであると思います。

    店員に規則は無用なり

 多勢の店員を使うのはさぞ骨が折れることだろう。一つその使い方を話して見ろとは、いつも人からいわれることだが、私には別に人の使い方というものはない。無論「こうしろ」とか「ああしろ」とかいう規則は拵えない。形式的にいくら箇条を並べたところで、守らなければそれまでだし、またその規則に触れた者があったとして、私の眼が必ずそれにとどくとは言えない。すると、その規則は無意味になるばかりでなく、かえって「破っていいのなら」とわるい影響を及ぼす。
 賞罰ということになるとさらにむずかしい。これも若い頃の失敗を話すことになるが、私がまだ本郷にいた時分
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