見受けますので、一週一日の休みと勤務時間を更に短縮する必要があると考えています。
こうして私が今日まで実行し得ないでいる日曜休を、秀英舎(今日の大日本印刷会社)の前社長、佐久間貞一氏が二十年前すでに実行して居られました。その理想に忠実なる、私は実に頭が下がります。また商店連盟会長の高橋亀吉氏も早くからこれを励行されているとの事であります。
しかし事業的に大成功せられた人々の内には、この佐久間氏、高橋氏等と反対に、いっさい自分の体験に基いて、少年時代にはちょっとの隙もなく、十六七時間も打ち通して働きつづけるくらいの熱と気力を必要とすると説かれている人もあります。が、それは万人にすぐれた精力の持主のことであって、一般の使用人に対して求むべきことではないと考えられます。
私の友人に、今は故人となりましたが、蚕業新報社の社長で竹沢章という人がありました。精力絶倫非常な熱心家で、朝は未明に起き、夜は十二時より早く休んだことがありませんでしたので、社長は一体眠ることがあるだろうかと社員等が疑問にしたくらいでした。
その頃私はこの雑誌の主筆として、一人の記者を紹介しましたところ、僅か二年でそ
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