は、父兄の営む商売も、百貨店や、公設市場、購売組合等の圧迫を受けて、さっぱり振わない。父兄そのものが自己の営業に不安を懐いているし、この不振の商売に手助け等の必要もない。子供もそれを見ているから、家に居れぬし、外に出て何とか給料をとる仕事にありつこうとする。卒業間際になると、訓えるどころか『先生何か仕事はないでしょうか』と頼みに来る。ところが、百貨店で小店員を募集すると、二十倍三十倍の少年少女が蝟集する今日の就職難ではどうすることも出来ぬ。指導も何もあったものではない」
校長として、一カ所に二十幾年もいたならば、その年々に校門を去り行く少年少女達の心に、その社会の様が反映して、恐しい時世の変化に今昔の感に堪えぬものがあると思われる。これはここだけのことではない。恐らく全国的のことであろう。また商人の子だけではなく、農村の子弟皆しかりであろう。朝、露を踏んで出て、夜、月光を浴びて帰る。勤勉そのもののような農家の生活、それだのに借金はかさむばかり、農家の子弟は子供心にどう思うか、そしてまた農村の小学校長は、都会以上に卒業生に与うべき言葉に迷うであろう。
時世はかく窮迫しているが、私は弱
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